1/16 聖日礼拝メッセージ

「父の遣わされた弁護者」  ヨハネ14:15~24

 今日は、斎藤 悠兄のお証し を感謝します。神様は、悠兄が、神様を忘れてしまい、神様から離れていたときも、悠兄のことを忘れず、共にいてくださったのです。
 そして、神様のもとに帰ってきた、悠くんをこんなに祝福してくださり、特にお友達への使命を与えてくださって、神様の栄光のために用いられていることを感謝します。

今年の年間聖句を読んでみましょう。
「あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいること
   を知らないのですか。」(Ⅰコリント3:16)

 私たちは、神の神殿で、私たちの内に神の霊が住んでおられます。そのことを忘れないように、神様の祝福の中を歩ませていただきましょう。

  今朝は司会者に、ヨハネ14:15~24を読んでいただきましたが、この御言葉は、イエス・キリストが十字架にかかられる前の日に、弟子達を集めて語られた、決別説教の一部です。
 そして、この御言葉には、聖霊の特別に素晴らしい約束と祝福が語られています。なぜなら、聖霊というのは、旧約の時代には、預言者、王様、祭司といった特別な人にしか与えられなかったからです。
 ところが、新約の時代には、十字架の購いによって、イエス・キリストを信じる者には誰でも、聖霊が与えられるようになったのです。
 聖霊とは、三位一体の神のお一人ですが、神様御自身が、信じる一人一人の心の中に宿ってくださるという本当に大きな恵みです。

 ところが、17節を見ると、
「この方は、真理の霊である。世は、この霊を見ようとも知ろうともしないので、受け入れることができない。しかし、あなたがたはこの霊を知っている。この霊があなたがたと共におり、これからも、あなたがたの内にいるからである。」  とあります。
 それは、神様を拒み、イエス様を信じないで、受け入れようとしない人にとって、聖霊というのは、全く無関係のものであり、理解することのできないものであるということです。
 それは、未信者だけではありません。
 クリスチャンと言われる人の中にも、聖霊について知らない人がいます。また、あるクリスチャンは、聖霊のことを知識的に、頭では知って理解していても、その聖霊の満たしを経験したことのない人達がいます。
 今日のキリスト教会が、弱く無力なのは、この聖霊を知らない、この聖霊に満たされるという体験がないというところにあると言っても良いと思います。

 しかし、イエス様は、16節でこう言われています。この御言葉が今日の中心の御言葉です。
「わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。」
  神の御子であられるイエス様御自身が、父なる神様に直接お願いしてくださって、聖霊を私たちに遣わしてくださり、永遠に一緒にいるようにしてくださるというのです。何という恵みでしょうか。
 今日は、この16節には、聖霊が「弁護者」と訳されています。これは、ギリシャ語では、パラクレートスという言葉が使われています。この言葉を中心に、聖霊について3つのことを学びたいと思います。

 

(1)聖霊は、わたしたちをとりなしてくださる「弁護者」です
16節
「わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。」
 弁護士は、裁判官と裁判を受ける人との間で、とりなしをしますが、まさに、聖霊は、この弁護士のように、私たちと神様との間をとりなしてくださるお方なのです。 
 私たちは、まさに法廷に立つ罪人のように、裁判官である神様の御前に立つ時がやってきます。
 しかし、感謝な事に、私たちと神様の間に、弁護人である聖霊が立ってくださるのです。しかも、普通の弁護人とは違います。なぜなら、この弁護人は、あの十字架上で、
「父よ、彼らをおゆるしください。自分が何をしているのか知らないのです。」(ルカ23:34)と全人類のためにとりなしの祈りをされた、イエス様御自身でもあられるからです。
 このようにして聖霊は、たえず、私たちと神様の間に立ってくださり、とりなしてくださるのです。

ローマ8:26~27
「同様に、"霊"も弱いわたしたちを助けてくださいます。わたしたちはどう祈るべきかを知りませんが、"霊"自らが、言葉に表せないうめきをもって執り成してくださるからです。人の心を見抜く方は、"霊"の思いが何であるかを知っておられます。"霊"は、神の御心に従って、聖なる者たちのために執り成してくださるからです。」
  26節に、「"霊"自らが、言葉に表せないうめきをもって執り成してくださるからです。」  とあります。
 私たちが、試練にあったり、どうすることもできない苦しみの中で、どう祈ったらいいのか、解らないときがあります。しかし、聖霊はそのような、うめくことしかできない、言葉にならない祈りや、泣くことしかできない叫びも、全部ご存じで、それをとりなしてくださるのです。

 トマス・クックが、こう言っています。
「天の父が、祈り求める子らに、与えようと待ち構えている数々の恵みの内、聖霊のえい満ほど、切なるものはない。神が一人一人の信者に聖霊を与えようと欲していたもうことは、母が死にそうな病気の子どもに薬を与えるよりも、急なものがある。」

 最近、また、インフルエンザが流行っています。先日、テレビを観ていると、90度の熱に苦しんでいる子どもを病院に連れてきていた母親が、「できることなら、この子に変わってあげたい。」と涙を流していました。
 その母親の愛とイエス様の愛は似ています。何とか、この愛する子どもに薬を与えたいと涙を流した母親のように、神様は、私たちの聖霊に満たされてほしいと心から願っておられるのです。

 私たちの心を住まいとして下さる聖霊は、わたしたちの最高の「弁護者」です。

 

(2)聖霊は、わたしたちを助けてくださるお方です。
 口語訳聖書では、このパラクレートスというギリシャ語を、「助け主」と訳しています。
 私たちは、神様を愛し、人を愛そうとする時に、神様の助けを必要とします。聖霊の助けなしに私たちは、本当の意味で愛を行うことはできないのです。
15節
 「あなたがたは、わたしを愛しているならば、わたしの掟を守る。
23節には
「イエスはこう答えて言われた。「わたしを愛する人は、わたしの言葉を守る。わたしの父はその人を愛され、父とわたしとはその人のところに行き、一緒に住む。」
  とあります。
 この福音書を書いた、ヨハネはやがて愛の人と呼ばれるようになりますが、愛ということを誰よりも大切にした人です。
 そして、ここで、イエス様を愛する人は、イエス様の御言葉を守る人だとおっしゃいました。
 ヨハネは、神様への愛は、神様の御言葉への服従をもって表されるのだと言ったのです。
 けれども、私たちは、御言葉に従って、神様を愛し、人を愛そうとする時に、自分の弱さや無力さを感じます。
 私たちの神様は、独り子をも惜しまずに与えてくださる程に、私たちの事を愛してくださっているのに、神様を十分に愛し、従うことのでない私。
 また、隣人に対する愛に、乏しいと歎くことしかできない私。
 もし、自分の力で、神様を愛し、人を愛さなければならないのなら、私たちは、必ず、息が詰まり、自分に絶望するしかありません。
 しかし、愛のない、弱く、乏しい、私たちを神様は黙って見ておられるようなお方ではありません。
 私たちが、神様を愛することができるように、また、隣人を愛することができるように、「助け主」であられる聖霊を私たちに送って下さったのです。

 1994年、ルワンダで、100日間で100万人のツチ人がフツ人によって虐殺されました。その大虐殺のただ中に、イマキュレー・イリバギザという一人のクリスチャンの姉妹がいました。
 彼女は、この大虐殺が行われている真ったた中で、牧師の助けにより、小さなトイレの中で7人の女性達と、一緒に、91日間かくまわれ、奇跡的に生き延びることができたのです。
 しかし、その間に、彼女の父母兄弟4人が、みんな殺されてしまったのです。彼女は家族を失い、みなしごになったようでした。
 家族を殺した人達に対する憎しみがこみ上げてくる中で、彼女は、サタンの声に耳を傾けるのではなく、心を神様に向けてこう祈りました。
「私の心の中にあるサタンの思いをお赦しください。神様、あなたの愛と、赦しの力で私を満たしてください。彼らもまた、あなたの子どもたちです。どうぞ、彼らを許すことができるよう、わたしを助けてください。」と祈り続けたのです。
 やがて、彼女は、刑務所を訪ねました。そして、自分の家族を殺した人に「あなたを許します。」と告げました。あの大虐殺ただ中でも、彼女は、聖霊に満たされて、信仰と希望と愛を失わなかったのです。
 彼女は、現在夫と二人の子どもが与えられ、ニューヨークで国連で働きながら、神様の愛と赦しの証人として用いられています。

 どうして、彼女は、自分の家族を殺した人を、許すことができたのでしょうか。それは、「助け主」である聖霊が、心の内におられたからです。
 そして、この聖霊が私たちを助けて下さるなら、私たちも、私たちの力をはるかに超えて、神様を愛し、人を愛することができるのです。
 私たちの心を住まいとして下さる聖霊は、私たちの最高の「助け主」です。


(3)聖霊は、わたしたちを守ってくださる「保護者」です。
18節をご覧ください。
「わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。あなたがたのところに戻って来る。」
「わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。」  とありますが、弟子達は、師であり主である、イエス様が、十字架にかかられることを考えると、不安でなまらなかったに違いありません。
 しかし、その弟子達に、「わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。」  と聖霊という形で、もう一度、戻っ来られ、いつでも、どこでも、弟子達と共にいて下さることを約束されたのです。
 私たちも、弱い者です。試練に遭うと、すぐに恐れたり、不安になったりしてしまいます。
 しかし、そのような私たちと共にいてくださり、私たちを守って下さる方がいらっしゃるのです。それが、聖霊様です。
 このお方は、私たちの心に、父なる神様の愛を示してくださいます。
また、イエス・キリストの十字架の購いによって、全ての罪を赦し、清めて下さいます。そして、神の言葉である聖書の御言葉を思い起こさせて下さって、勇気と信仰を与えてくださるのです。

 ハドソンテーラーが、ある時期、毎日、自分の罪と失敗と力不足を感じ、どうしたら信仰を強くしてもらえるのだろうかと悩んでいたそうです。
 そんな時、友人のマッカーシーから手紙をもらいました。
 その手紙には、「信仰を追い求めようとするのではなく、誠実なお方に寄り頼むことによって。」と書かれていたのです。
 ハドソンテーラーは、その手紙によって目が開かれました。それまでは、自分の努力によって、信仰を追い求めていました。ところが、そうではなく、誠実なお方に寄り頼むことによってのみ、強い信仰が、一方的な恵みによって彼は、神様の言葉には絶対的な力があることを信じていたのです。あたえられるのだということに目が開かれたのです。
 そして、テモテへの手紙二2:13
「わたしたちが誠実でなくても、/キリストは常に真実であられる。」という御言葉が与えられ、イエス様への絶対的に信頼することができました。
 また、ヘブル13:5
「わたしは、決してあなたから離れず、決してあなたを置き去りにはしない」  という御言葉によって、主が自分と共に住んでおられるという確信が与えられたのです。

 私たちの心を住まいとして下さる聖霊は、私たちの最高の「保護者」です。

18節をご覧ください。
「わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。あなたがたのところに戻って来る。」
  イエス様は、私たちを決して「みなしご」にされるようなことはありません。いつでも、どこでも、どのような時にも、私たちを神の神殿として、神の霊が私たちの内に住んでくださっているのです。

16節
 「わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。」
  今日は、私たちの心を住まいとしてくださる聖霊について、3つのことをお話ししました。
(1)わたしたちをとりなしてくださる「弁護者」
(2)わたしたちを助けてくださる「助け主」
(3)わたしたちを守ってくださる「保護者」です。
 私たちの心を住まいとしてくださる聖霊は、弱い私たちを、とりなし、助け、守って下さるお方です。そして、この聖霊に満たしていただくことほど、素晴らしい恵みはありません。

 最後に、一つの話しをして終わりたいと思います。ある人が、ビル・ブライト博士にこんな質問をしたそうです。
 「クリスチャンが聖霊の満たしを受けることもなく、その体験をしないのはなぜですか?」
 それに対して、博士は、こう答えたそうです。
「それは、クリスチャンが、自分の心の中に、聖霊が住みたもう事実を知らず、また求めもしないからだ。」
 そして、アメリカのテキサス州であった、実話を紹介しました。
「テキサス州に、年老いた羊飼いがいました。彼は広大な土地を所有していましたが、その土地には、荒れ果てて、わずかの羊を飼って生計を立てていました。
 ところが、石油会社の調査で、その土地が大油田地帯だと言うことが分かったのです。
 彼は、無尽蔵ともいえるような冨を持っていたにもかかわらず、その事実を知らず、求めもしなかったために、年寄りになるまで、貧しい羊飼いとして過ごさなければならなかったのです。」
 神様は、私たちを、「神の神殿」としてくださいました。そして、神の霊が自分たちの内に住んでおられるのです。
 しかし、そのことを知らず、神の霊に満たされることを求めなかったら、この貧しい羊飼いと同じです。
 私たちの心の中には、無尽蔵の富が与えられているのです。なぜなら、私たちの内に、全知全能の神の霊が宿って下さっているからです。

 そのことを信じて、「私を聖霊に満たしてください。」と心から祈り求めましょう。
 そして、聖霊の力によって、素晴らしい御業を見せていただきましょう。

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毎週木曜日 16:00~

 

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毎週水曜日  10:30〜

 

祈り会(夜)

毎週水曜日  19:30〜

 

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Illustration by c-awase