5/8 主日礼拝

「天の国で一番偉い者」マタイ18:1~5

今日は母の日です。いつも感謝を忘れては行けないと思いますが、今日は特別お世話になっているお母さんに心から感謝をしたいと思います。 今日は、ホサナのお友だちから、お花のプレゼントが贈られましたが、神様が私たちに下さった一番素晴らしいプレゼントは何でしょう。それはイエス様です。お花のプレゼントも素晴らしいですが、母の日に最高のプレゼント、イエス様のことをお伝えできたらどんなに素晴らしい事でしょう。

今日の中心の御言葉は3~4節です言われた。

「はっきり言っておく。心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。自分を低くして、この子供のようになる人が、天の国でいちばん偉いのだ。」
  弟子たちはイエス様に対して、1節で 「いったいだれが、天の国でいちばん偉いのでしょうか」  と質問しました。 マルコ9:33~34には、弟子たちがカファルナウムにつく前から、「誰が一番偉いのか」という議論をしていたことが分かります。 おそらく、弟子たちの間では、「どうして、イエス様はペトロ、ヤコブ、ヨハネの3人だけを連れて、変貌山に連れて行ったのか。」とか「イエス様は、神殿の納入金をペトロの分まで支払ってやったのか。」と弟子たちの心の中に嫉妬心が起きて、「誰が一番偉いのか」という議論が白熱化していたのではないでしょうか。 そして、弟子たちは思い切って、イエス様に、「いったいだれが、天の国でいちばん偉いのでしょうか」と質問したのです。
 ところが、イエス様の答えは意外なものでした。2~3節

「そこで、イエスは一人の子供を呼び寄せ、彼らの中に立たせて、言われた。「はっきり言っておく。心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。」

   弟子たちが、「天国で一番偉いのは誰ですか。」と聞いた時に、イエス様は、子供を呼び寄せて、彼らの真ん中に立たせて「はっきり言っておく。心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。」と言われたのです。 弟子たちは、天国のことを全く理解していませんでした。 3節に、「心を入れ替えて子供のようにならなければ、」  とありますが、「心を入れ替えて」という言葉は、「方向を変えて」という意味があります。それは、弟子たちが全く方向違いの考え方をしていたからです。 そこで、イエス様は、まわれ右をしないかぎり、天国から遠ざかるばかりだというのです。
 人生で一番重要なことは、何を目標として生きているかということです。もし、人がこの世の権威や、このよの財産、この世の知識を得て、他人から賞賛されることを目標としているなら、それは、天国の反対方向を目指して進んでいることになります。 人が自分自身を最も重要だと考えている間は、天国に背を向けているのです。そこで、天国に行き着くためには、「心を入れ替えて」「方向転換をして」反対の方向を向かなければならないのです。
 そこで。イエス様は、子供を呼び寄せ、彼らの真ん中に立たせました。なぜなら、この子供の姿に、天の国の民の特質を見ることができるからです。この子供の姿から4つのことを学びたいと思います。


(1)子供の謙遜な姿2~3節

 「そこで、イエスは一人の子供を呼び寄せ、彼らの中に立たせて、言われた。「はっきり言っておく。心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。」

  イエス様は、まず、弟子たちの真ん中に、背の低い子供を真ん中に立たせました。そして、4節でこうおっしゃったのです。 「自分を低くして、この子供のようになる人が、天の国でいちばん偉いのだ。」  この子供の姿は、弟子たちの模範でした。弟子たちは背伸びをしてでも一番になろうとしていたのです。それに対して、イエス様は、「身を低くしなさい」とおっしゃったのです。本当に偉い人は謙遜で謙虚な人です。弟子たちの高慢の鼻は、いっぺんにへし折られてしまったのではないでしょうか。
 そして、その子供を通して教えられた謙遜の模範は、イエス様御自身です。 イエス様は、神の子でありながら、自分を低くし、わたしたちと同じ人間の姿をとられ、仕える者となられました。
フィリピ2:6~8(P363)

「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。」

   このイエス様の姿こそ、謙遜の模範です。仕える者こそ偉大な人です。
 デンマークの世界的な彫刻家トルヴァイゼンは、ある時イエスの像を彫刻しました。彼は、その像がイエス様の印象を正しく伝えているかを試すために、小さな子供を連れて来てその像を見せました。 そして、「この像をどう思うか」と尋ねました。すると、その子供は、「これは偉い人です。」と答えたのです。 それを聞いたトルヴァイゼンは、その像が失敗作だ知って、はじめから作り直しました。それから、もう一度、「この像を見てどう思うか」と同じ質問をしました。すると、その子供は、嬉しそうにこう答えました。「子供をわたしのところに来させなさい。」と言われたのはイエス様でしたね。」 その答えを聞いて、彼は今度は良い作品が出来たということを知ったというのです。 イエス様は、謙遜なお方で、子供や小さく弱い者を招かれるお方なのです。
 そして、私たちもイエス様のように謙遜になって、相手を受け入れることこそが、天の国に入ることができるわたしたちの姿なのです。フィリピ2:3~5(P362)「何事も利己心や虚栄心からするのではなく、へりくだって、互いに相手を自分よりも優れた者と考え、めいめい自分のことだけでなく、他人のことにも注意を払いなさい。互いにこのことを心がけなさい。それはキリスト・イエスにもみられるものです。」  イエス様が、どこまでも謙遜になられたように、わたしたちもへりくだって、互いに相手を優れた者と考えて、互いに仕え合う者とさせていただきましょう。


(2)子供の素直な心3節

 「言われた。「はっきり言っておく。心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。」 

  子供のようにならなければ、とありますが、子供のようになるとはどういうことでしょうか。それは、子供のように素直に神様を信じると言うことです。 子供は、親を素直な心で信じています。 自分のことを考えても、こんなに頼りにならない、失敗だらけのわたしですが、子供は心配をせずに、素直に信じて、一緒にいるだけで安心していいました。 まして、神様は完全にお方です。そのお方が共におられるのですから、もっと素直に神様を信頼して安心して、この世の旅路を歩ませていただきましょう。
 先週、MEBIGセミナーに参加されたある牧師夫人が、あの東日本大震災の時に事を話して下さいました。 先生は、ちょうど、東京に行っておられて、庄内行きの飛行機で、帰ってこられたそうです。風が強くて、庄内空港に着陸できない時には、そのまま引き返すかも知れませんのでご理解くださいと言われ、飛行機に乗りました。そのアナウンスの通り、ものすごい突風で、飛行機はジェットコースターのように大揺れに揺れました。先生は、ひたすら、御言葉を暗唱したり、賛美をして恐怖に耐えていたそうです。 ところが、その横に、幼子をだっこしたお母さんがいました。先生はその幼子を見ながら、この子は大丈夫かなと心配をしていたのですが、飛行機が上陸すると、お母さんの胸の中でぐっすりと眠ったのです。 そして、庄内空港に着陸した時、その子は目を覚まして「お母さん、いつになったら出発するの。」と聞いていたそうです。 この子は、お母さんを素直に信じていたので、あの突風の中でも、大揺れの飛行機の中でも、心配したり恐れたりしないで、ぐっすりと眠ることが出来たのです。私たちにもこの幼子のように素直に神様を信じる信仰があれば、どのような試練の中でも、このような平安が与えられるのではないでしょうか。

 

 そして、それは、イエス様の姿でもあります。マタイ8:23~27に弟子たちが、ガリラヤ湖で激しい嵐に遭って舟が波にのまれそうになったことが書かれています。あの時、ところが、その時24節には「イエスは眠っておられた。」と書かれています。イエス様は、激しい舟が波にのまれてしまうような嵐の中でも、眠っておられたのです。それは、天地を造られた神様を素直に信じていたからです。
 私たちの天の父は、決して失敗のない完全なお方です。このお方を幼子のように、また嵐の中のイエス様のように、素直に信じましょう。そのような神様に対して素直な心を持っている者こそが、天の国にふさわしい者なのです。


(3)子供のように信頼する心4節

「自分を低くして、この子供のようになる人が、天の国でいちばん偉いのだ。」
  子供の強さは、親を心から信頼しているところにあります。子供は、親が自分の必要をすべて満たしてくれると単純に信じています。 幼い子供は、自分で食べ物を買ったり、服を買ったり、自分の生活を維持していくことはできません。けれども、家に帰れば、親が守ってくれ、愛情を注いでくれ、慰めてくれることを疑わないで信じています。 子供は、旅をする時、お金も持たず、目的地への行き方も知りませんが、両親が無事に連れて行ってくれることを信じています。 このように、神様と御言葉を、絶対的な信頼をもって信じる心を持つ人こそが、天の国でいちばん偉い人なのです。
 キリスト塩釜ともしびチャペルも、今回の大震災で被害を受けました。教会は高台にあったため大きな被害はありませんでしたが、ライフラインが遮断され不自由な生活が続きました。また、ある姉妹の家が、津波に襲われて、一階が全部仕えなくなってしまいました。津波の次の日は、瓦礫と三台の車が重なっていて、手がつけられなかったそうです。 そして、ある兄弟は津波のためにマンションが浸水して、兄弟のところに避難しています。また、他の教会員は、一ヶ月間くらいは、交通が遮断されていたために一緒に礼拝を献げることが出来ませんでした。 そのような不安な中で、先生からメールをいただきました。 そのメールには、その時の情況が書かれて、最後に、詩編46編によってわたしたちは支えられましたと書かれていました。
詩編46編2~4節

「神はわたしたちの避けどころ、わたしたちの砦。苦難のとき、必ずそこにいまして助けてくださる。3 わたしたちは決して恐れない/地が姿を変え/山々が揺らいで海の中に移るとも 4 海の水が騒ぎ、沸き返り/その高ぶるさまに山々が震えるとも。」 

 この御言葉のように、地が姿を変え、山々が揺らぎ、海の水が騒ぎ、沸き返る、そのような出来事が実際に起こったのです。そして、それは想定外という言葉が使われているように、大変な災害でした。 しかし、そのような中にあっても、平島先生を始め、キリスト塩釜ともしびチャペルの方々は、この詩編46編の御言葉を、子供のように素直に信じたのです。「神はわたしたちの避けどころ、わたしたちの砦。苦難のとき、必ずそこにいまして助けてくださる。」  そして、それは、先生にとっても教会にとっても大きな力となり、キリスト塩釜ともしびチャペルが守られました。

 そして、その御言葉に信頼した結果、その恵みはキリスト塩釜ともしびチャペルだけにとどまらず、東北各地に支援物資が届けられたり、復興支援に出かけたりする拠点として用いられているのです。 どのような時にも神様を信頼するということは、本当に素晴らしい事です。


(4)幼子を受け入れる者 5節

 「わたしの名のためにこのような一人の子供を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。」 

「一人の子供」というのは、私たちの周りにいる子どもたちを表しています。そして、それだけでなく、すべての弱く小さな者を表しています。

 マタイ25章34~40節

  「そこで、王は右側にいる人たちに言う。『さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ。』すると、正しい人たちが王に答える。『主よ、いつわたしたちは、飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いておられるのを見て飲み物を差し上げたでしょうか。いつ、旅をしておられるのを見てお宿を貸し、裸でおられるのを見てお着せしたでしょうか。いつ、病気をなさったり、牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでしょうか。』そこで、王は答える。『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。』
 35~36節に「お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ。』 と具体的に、「この最も小さい者の一人」にした行いが、書かれています。私たちも毎日の生活の中で、「この最も小さい者の一人」を愛し、仕えさせていただきたいと思います。 そして、私たちが出来る最高の奉仕は何でしょう。それは、イエス様の福音を伝えることです。なぜならイエス様だけが、人々を救うことが出来るお方だからです。


 先週の月曜日から水曜日までMEBIGセミナーが行われました。その中で、こんなお話しを聞きました。最後にその話しをして終わりたいと思います。 一人のお友だちが、天国の入り口に言ったそうです。すると門番がいて、あなたは二つの道を選ぶ事が出来ます。一つは、天国で、もう一つは地獄です。今、一週間のキャンペーン中ですから、どうぞご覧下さい。 このお友だちは、まず、天国を見学しました。天国は、本当に素晴らしいところでした。神様とイエス様が共におられ、水晶より透き通る流れがあり、宝石がちりばめられていました。 次に、このお友だちは、地獄を見学に行ったのです。 地獄には、キャンペーン中で、この世の魅力的な物が一杯ありました。ご馳走が並べてあり、最新のプレステがあり、立派な家があり、高級車があり、ブランド品もありました。 さて、一週間が過ぎて、天国の門番のところに行きました。 「さて、あなたはどちらを選びますか」と聞かれると、そのお友だちは、迷いに迷ったあげく、地獄に行くことを選んだのです。 ところが、そこは一週間のキャンペーンは終わっいて、地獄の門が開かれると、そこは、燃える火の中だったのです。 この一週間のキャンペーンというのは、現在のを表しているのではないでしょうか。 この世の人は、この世の知識や名誉や財産を求めて生きています。しかし、そのキャンペーンはやがて終わり、主の前に立たなければならない時がやってくるのです。その時にどんなに嘆き悲しんでも後に引き返すことは出来ません。 今、多くの人達が滅びの道を歩んでいます。また、この震災でも多くの人達が、亡くなられました。 このような時に、私たちが福音を伝えないで、誰が福音を伝えるのでしょうか。5節 「わたしの名のためにこのような一人の子供を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。」  一人でも多くの人達に、心から仕えこの十字架と復活の福音をお伝えしましょう。

 

 今日は「天国で一番偉い者」について、4つのことをお話ししました。(1)謙遜(2)素直な心(3)信頼する心(4)子供を受け入れる心

 

 そして、これはイエス様の姿です。イエス様のように謙遜になり、イエス様のように素直に父なる神様に依り頼み、イエス様のように神様を信頼して、子供や弱く小さな人を受け入れ、十字架と復活の福音を宣べ伝えさせていただきましょう。

 

今週の礼拝メッセージはこちらからご覧いただけます。↑

礼拝案内

 

ホサナ(教会学校)

毎週日曜日   8:45〜

 

主日礼拝 Worship

毎週日曜日 10:15〜

 

夕拝 Evening worship

毎週日曜日 16:30〜

集会案内

 

フィリア手話の会

毎週火曜日 11:00〜

 

キッズブラウン英語教室

毎週土曜日   8:45〜

                       9:35〜

毎週木曜日 16:00~

 

祈り会(昼)

毎週水曜日  10:30〜

 

祈り会(夜)

毎週水曜日  19:30〜

 

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Illustration by c-awase