8/7 オンヌリ教会特別礼拝

「キリストの愛がわたしたちを駆り立てている」Ⅱコリント5:11~15

今年も、オンヌリ教会の宣教チームの方々が、私たちの教会に来てくださいました。心から歓迎します。オンヌリ教会の宣教チームが来られるといつも、神様がどんなに私たちを愛してくださっているのかを感じますが、特に今年は特別です。なぜなら、宣教チームの出発の前の日に、オンヌリ教会の牧師のハ・ヨンジョ先生が天に召されたからです。
 8月2日(火)8:30、オンヌリ教会のハ・ヨンジョ先生が、この地上の業を全うされて天に召されました。ハ・ヨンジョ先生を通して、与えられた祝福は、私たち日本のキリスト教会にとって大きな財産です。
 この知らせを受けた時、祈りの中で示された御言葉が、Ⅱコリント5:13~14aです。

今日の中心の御言葉は、14aです。

「なぜなら、キリストの愛がわたしたちを駆り立てているからです。」
 パウロは、自分の宣教の動機を「キリストの愛がわたしを駆り立てている」といいましたが、まさに、ハ・ヨンジョ先生の行き方はまさに、このような生き方だったと思います。先生ほど、日本を愛し、日本のために福音を伝えてくださった伝道者は、そう多くはないと思います。 そして、今日、オンヌリ教会の宣教チームが来られていますが、先生が亡くなられた次の日に日本に来てくださいました。ハ・ヨンジョ先生の話をお聞きした時、今回オンヌリ教会宣教チームが、山形に来られるのは、無理ではないかと思いました。ところが、ハ・ドンフンさんから「わたしたちは、8月2日のその日に、先生の葬儀に出席して、次の日に予定通り山形に行きます。」と連絡が入りました。
 「キリストの愛がわたしを駆り立てている。」 この御言葉を中心に、主の御声を聞かせていただきたいと思います。

 Ⅱコリント5:1~10で、パウロは全ての人が、最後には、キリストの裁きの座につかされることを語りました。パウロは、人生の最後に、キリストの裁きの座に立たなければならないことを、いつも心の中に思いながら、その日一日一日を生きていたのです。 パウロは、そのように、人生のゴールをしっかりと見据えて人生を歩んでいましたが、今日読んでいただいたⅡコリント5:11~15には、3つの動機が書かれています。


(1)主に対する畏れるキリストの宣教

11~12節

「主に対する畏れを知っているわたしたちは、人々の説得に努めます。わたしたちは、神にはありのままに知られています。わたしは、あなたがたの良心にもありのままに知られたいと思います。わたしたちは、あなたがたにもう一度自己推薦をしようというのではありません。ただ、内面ではなく、外面を誇っている人々に応じられるように、わたしたちのことを誇る機会をあなたがたに提供しているのです。」
  パウロが、クリスチャンとして命がけで生きた一番目の動機は、主に対する畏れです。 1節の「主に対する畏れ」と書かれている畏れという字を見ていただけると良く分かると思いますが、恐怖心で恐れるという字ではありません。畏敬の畏という言葉か使われています。 パウロは、神様への畏敬の気持ち、敬虔な怖れで神様を畏れる人でありました。  箴言1:7には「主を畏れることは知恵の初め。」と書かれています。
  これらの言葉は、どの言葉も、聖なる神様への畏敬の念を現しているのです。 それらの神様に対する神様を畏れ敬う心が、パウロを正しい道へと導いたのです。 それは、パウロだけではありません。多くの聖徒が、神様を畏れ敬って、主の栄光を現してきました。
 2007年に、日本でラブソナタが行われました。 このラブソナタには、教団教派を超えて、福音派の教会も、ペンテコステ派の教会も、社会派の教会もどの教会にも声がかけられました。 それに対して、いろいろな反対意見を言う教会や牧師がいました。 しかし、ハ・ヨンジョ先生は、「キリスト・イエスにあってみなひとつ」という御言葉が神様の御心だと信じて、すべての教会を招かれたのです。 そして、それから数年後のプロテスタント150周年には、教団教派を超えて、福音派の教会も聖霊派の教会も、社会派の教会の教会もみんなが集まって、主を礼拝することが出来ました。その時に、ハ・ヨンジョ先生が招かれて、メッセージをされましたが、そのように「キリストイエスにあってみなひとつ」という主の御業がなされたのには、ハ・ヨンジョ先生の働きは、大変大きなものでした。心から先生に感謝をしたいと思います。
11~12節

「主に対する畏れを知っているわたしたちは、人々の説得に努めます。」 

  わたしたちも人を恐れるのではなく、主を畏れ敬い、神様の御心に従う者でありたいと思います。

 

(2)正気でないキリストの愛の宣教

13節

「わたしたちが正気でないとするなら、それは神のためであったし、正気であるなら、それはあなたがたのためです。」
 木曜日から金曜日まで、金峰少年自然の家で、ホサナのキャンプが行われました。天候も守られ、You are Special「たからだから」というテーマで、本当に楽しい素晴らしい時を持つことができました。 その中で、海水浴をする時に、名前が解らなくなるように、マジックで名前を書こうということになりました。すると、ある人が、冗談で「バカ」と書いたのです。私は、それを見ていて、これはまずいと思って、すぐに消してしまいましたが、消しながら、日本ではバカという言葉が、良い意味で使われることを思い出して話しました。 よく、一つのことに熱心な人のことを、何とかバカと言います。将棋に熱心な人は将棋バカだとか、野球に熱心な人は「あの人は野球バカだから」と言う言い方をします。 そういう言い方で言うならば、パウロは、熱心に福音を伝えるキリストバカだったのです。そして、そう言われることはパウロにとって決して嫌なことではなく、喜びだったと思います。  パウロが、伝道をする姿は、コリントの人にとって熱心さの故に「正気でない」ように思われたのです。それは、今回だけではありませんでした。

o使徒言行録26:24で、フェストゥスにこう言われています。「パウロがこう弁明していると、フェストゥスは大声で言った。「パウロ、お前は頭がおかしい。学問のしすぎで、おかしくなったのだ。」

oそして、それは、パウロだけではありません。イエス様御自身もそのような誤解を受けているのです。

oマルコ3:21「イエスが家に帰られると、群衆がまた集まって来て、一同は食事をする暇もないほどであった。身内の人たちはイエスのことを聞いて取り押さえに来た。「あの男は気が変になっている」と言われていたからである。」  イエス様御自身が、気が変だと言われるほどに、神に仕え、人に仕えておられたのです。
oそして、それは初代教会の人達も同じでした。 使徒言行録11:26には、イエス・キリストを信じる人たちが、始めてクリスチャンと呼ばれるようになったことが書かれていますが、それは、使徒たちがあまりにも熱心に、キリストについて伝道するので、それをバカにして、キリスト野郎というような言葉で使われたのですが、そのことを使徒たちは自分達の喜びとして、キリスト者、クリスチャンという言葉を使うようになったりのです。
 そして、ハ・ヨンジョ先生も、パウロやイエス様と同じように「正気ではない」「頭がおかしい」「気が変になっている」と言われるほどに熱心に福音を宣べ伝えたのではないでしょうか。
 ハー・ヨンジョ先生は、病気のデパートとご自分で言われるほど、多くの病を患われました。肝臓の手術を6回、腎臓の透析を週に3回行いながら牧会伝道をしておられたお聞きしました。また糖尿病から併発した病をたくさん患っておられました。普通だったら、入院をして静養しなければならない体でしたが、ハー先生は、キリストの愛に駆り立てられて、日本宣教に導かれたのです。 先生は、そのような、病と戦いながら、「神様はご自分の残された生涯は、後わずかだ。そのわずかな生涯の中で多くのことは出来ない。今神様は、私に何を期待しておられるのだろうと考えられたそうです。」そして、深い祈りの中で、日本の伝道だと示されたです。 ある人が「なぜ、日本なのですか?」と聞いたそうです。 多くの宣教師が、日本の伝道をしてこられましたが、日本は円高でお金がかかり、その割に効果がないので、日本の宣教から手を引いているのが現状です。ですから、この方は「なぜ、日本なのですか」と聞かれたのです。 すると先生は「理由はありません。恋には、理由がありません。わたしは、日本に恋をしたのです。それは、わたしの日本に対する片思いです。」と語られています。 「愛は計算をしない」とある方が言われましたが、まさに、愛するが故に、「正気でない」と思えるほど、多くの犠牲を払いました。日本のためにラブソナタを行い、テレビ伝道CGNTVが開設され24時間福音を聞くことが出来るようになりました。まさに命がけで、日本を愛し、キリストの愛を伝えてくださったのです。
 私たちも、ハ・ヨンジョ先生のように、またイエス様や、パウロや、初代時代のキリスト者のように「キリスト野郎」とバカにされることを喜びにしましょう。そして、熱心に、喜んで、福音を一人でも多くの人達に伝えさせていただきましょう。


(3)キリストの愛がわたしたちを駆り立てている

14~15節

「なぜなら、キリストの愛がわたしたちを駆り立てているからです。わたしたちはこう考えます。すなわち、一人の方がすべての人のために死んでくださった以上、すべての人も死んだことになります。その一人の方はすべての人のために死んでくださった。その目的は、生きている人たちが、もはや自分自身のために生きるのではなく、自分たちのために死んで復活してくださった方のために生きることなのです。」

  「なぜなら、キリストの愛がわたしたちを駆り立てているからです。」パウロが伝道者としての生涯を貫き通した2番目の動機は、「キリストの愛がわたしたちを駆り立てている。」ということでした。 それは、パウロから出た愛ではなく、キリストが十字架で現してくださった愛です。
 パウロは、最初は、キリスト者を迫害する人でした。しかし、あのダマスコ途上で、「サウル、サウルなぜわたしを迫害するのか。」と主の御声を聞いて、よみがえりのイエス様にお会いしたのです。あの時から、パウロの人生が180度変えられました。そして、キリスト者を迫害する者から、命がけで神様をキリストの愛を伝える者へと変えられたのです。 パウロは、イエス・キリストの十字架と復活の愛を知った時に、その愛に駆り立てられて、キリストの愛を伝えずにはおられなかったのです。  私たちもパウロが受けた愛と、同じ愛をいただいているのです。その愛に駆り立てられて、福音を宣べ伝えさせていただきましょう。
「なぜなら、キリストの愛がわたしたちを駆り立てているからです。」

 2007年に、ハ・ヨンジョ先生は、キリストの愛に駆り立てられて、特別な日本宣教の業が始められました。 そして、本当に感謝な事は、あの年から毎年、ハ・ヨンジョ先生と同じ心をもった兄弟姉妹が、時間を犠牲にし、往復の交通費も自分たち負担して、私たちの山形南部教会に来られ、伝道をしてくださっているということです。 今年は、岩沼のボランティアセンターから、南三陸町を通って気仙沼に行って、行く先々で祈りが献げられました。 そして、気仙沼第一聖書バプテスト教会の流された跡地でお祈りをし、無新しく出来た本郷チャペルをお訪ねしました。そこには、ゴンさんのデザインしたステンドグラスが、はめ込まれ、そこにゴンさんのサインが書かれました。 ハ・ヨンジョ先生は天に召されましたが、その愛の実は豊かに結ばれています。そして、これからも更に豊かに結ばれていくことでしょう。
 ハ・ヨンジョ先生は、東日本大震災に際して、このようなメッセージを送っておられます。そのメッセージを最後にお読みして終わりたいと思います。

「愛する日本の信徒の皆さん、主の慰めと祝福をお祈りいたします。今回起こった地震と津波そして原発事故は、人類の歴史上、類のない大きな出来事でした。『恐れるな。わたしはあなたとともにいる。わたしがあなたの神だから。わたしの義の右の手で、あなたを守る』という御言葉のように神様を見上げ、神様を信頼する機会となるように願います。日本は世界経済の大国としてまた技術大国として名声を博しました。しかし日本が行うべきもう一つの働きは、霊的影響を与える霊的強国を作ることです。日本で起こった出来事は日本が新しくなる機会となり、リバイバルのきっかけとなり日本は世界に影響を与える偉大な国家へと生まれ変わるでしょう。このことを通して皆さんは新しく生まれ変わり、本当に偉大な国家へとまた偉大なキリスト教へと生まれ変わるでしょう。神様の栄光と祝福を期待してください。神様の祝福が皆さんの上に豊かにありますように」
14節

「なぜなら、キリストの愛がわたしたちを駆り立てているからです。」

 パウロを駆り立てたのは、キリストの愛でした。そして、ハ・ヨンジョ先生を駆り立てたのは、キリストの愛です。 わたしたちもキリストの十字架の愛をいただいた者として、愛に満たされて、その愛に駆り立てられるように、愛を宣べ伝え、愛を行う者とさせていただきましょう。

今週の礼拝メッセージはこちらからご覧いただけます。↑

礼拝案内

 

ホサナ(教会学校)

毎週日曜日   8:45〜

 

主日礼拝 Worship

毎週日曜日 10:15〜

 

夕拝 Evening worship

毎週日曜日 16:30〜

集会案内

 

フィリア手話の会

毎週火曜日 11:00〜

 

キッズブラウン英語教室

毎週土曜日   8:45〜

                       9:35〜

毎週木曜日 16:00~

 

祈り会(昼)

毎週水曜日  10:30〜

 

祈り会(夜)

毎週水曜日  19:30〜

 

WE LOVE YAMAGATA
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Illustration by c-awase