1/29 主日礼拝

「あなたとあなたの家族」創世記7:1~16

今日の中心の御言葉は、1節です。

「主はノアに言われた。「さあ、あなたとあなたの家族は皆、箱舟に入りなさい。この世代の中であなただけはわたしに従う人だと、わたしは認めている。」
  今年の年間聖句は、使徒言行録16:31「二人は言った。

「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。」です。

 今日読んでいただいた聖書の箇所は、ノアに語られた御言葉ですが、ここにも「あなたとあなたの家族は皆、箱舟に入りなさい。」と書かれています。ノアには、3人の息子、セム、ハム、ヤフェトがいました。そして、それぞれに妻がいましたから、全部で8人の家族が、みんな神様に招かれたのです。 そして、ノアの家族を招かれた神様は、私達と私達の家族を招いてくださっているのです。「ノア」と言う名前は、「慰め」という意味がありますが、私達と私達の家族を招いてくださっているとは、何という豊かな「慰め」でしょうか。

 

この御言葉を通して、主の御声を聞かせていただきたいと思います。
 ノアの時代は大変な時代でした。6:5~7には、この時代の人々を見られて心を痛められたことが書かれています。

 「主は、地上に人の悪が増し、常に悪いことばかりを心に思い計っているのを御覧になって、地上に人を造ったことを後悔し、心を痛められた。主は言われた。「わたしは人を創造したが、これを地上からぬぐい去ろう。人だけでなく、家畜も這うものも空の鳥も。わたしはこれらを造ったことを後悔する。」

   そして、ついに洪水によって、人間をぬぐい去ることを決意されたのです。 そのような時代の中で、ノアは、神様の御心に適った人でした。6:9には 「これはノアの物語である。その世代の中で、ノアは神に従う無垢な人であった。ノアは神と共に歩んだ。」と書かれています。 そこで、神様は、これから起ころうとしていることをノアに話し、6:14で「あなたは、ゴフェルの木の箱舟を造りなさい。」と命じられました。そして、神様は、どのように箱舟を造るかを事細かく、ノアに教えられました。
 塩釜バプテスト教会の、大友幸一先生は、献身をされる前、造船会社で船の設計をしておられたそうです。そして、教会に行くようになって、このノアの箱舟の記事を読んで非常に驚かれたそうです。それは、創世記の時代に書かれたにも関わらず、進んだ現代の造船の設計図に劣らないものだったからだと言っておられました。

  しかし、これを造り上げると言うことが、どんなに大変な事であったかを想像してみてください。 1アンマを44センチとすると、箱舟は、長さが132メートル、幅が22メートル、高さが13メートルということになります。これを計算すると1万5千トン級位の船になると言われています。 材料を集めるだけでなく、実際にこれを組み立て、動物を集め、食糧を確保することなど、多くの仕事がありました。 周囲の人々からあざけられ、悪口を言われ、それに周囲の人の無関心にも堪えなければなりませんでした。  それでも、ノアは、神様の命令通りに従いました。6:22には、「 ノアは、すべて神が命じられたとおりに果たした。」7:5にも「ノアは、すべて主が命じられたとおりにした。」  と書かれています。  今日読んでいただいた、創世記7章は、その箱舟が完成してからのことが書かれています。  今日は、この聖書の箇所を通して、3つの神様の姿を学びたいと思います。


(1)あなたとあなたの家族は箱舟に入りなさい。

 7:1をご覧ください。

「主はノアに言われた。「さあ、あなたとあなたの家族は皆、箱舟に入りなさい。この世代の中であなただけはわたしに従う人だと、わたしは認めている。」

   神様が、箱舟が出来て最初におっしゃったことは、「さあ、あなたとあなたの家族は皆、箱舟に入りなさい。」ということでした。 神様は、まず、ノアとノアの家族を皆、招かれたのです。「入りなさい。」というこの言葉は、英訳のキングジェームスバージョンの訳では「COME」「来なさい」という言葉が使われています。 そして、この「COME」「来なさい」という言葉は、この創世記7:1から始まって、聖書の中に600回も使われているそうです。 新聖歌の中に「帰れや、帰れや、帰れやと主は今呼たもう。」とありますが、神様は600回も聖書の中で、「私のもとに来なさい。」と招いておられるのです。

 そして、その中で最も、有名な御言葉は、マタイ11:28です。「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」

    イエス様は、私たちの罪のために十字架に架かられ、救いの業を「成し遂げてくださいました。」だから、救いは、神様からの一方的な恵みとして与えられるのです。ただ、イエス・キリストを、私の救い主と信じて受け入れさえすれば、救われるのです。 そのイエス様が、愛の御手を広げて、私たちを招いておられるのです。
 そして、その愛は、私という個人にとどまりません。1節「主はノアに言われた。「さあ、あなたとあなたの家族は皆、箱舟に入りなさい。この世代の中であなただけはわたしに従う人だと、わたしは認めている。」 ノアに、箱舟に入りなさいと言われた神様は、ノアの家族も皆、入りなさいと招かれ たのです。 そして、ノアとノアの家族を招かれた神様は、私たちだけを招いておられるのではなく、私たちの家族も招いておられるのです。 そのことを信じましょう。そして、家族の救いのために全身全霊をもって祈り、家族に伝道するならば、私たちに力が無くても、必ず神様御自身が、救いの御業を成して下さいます。
 スコットランドに、アンドリュー・マーレーという人がいました。彼は大変信仰の厚い人で、あるオランダの女性と結婚をして、子宝に恵まれて17人の子供が与えられました。 その子どもたちは、みんなクリスチャンとして良い働きをしましたが、それから、3,4代で、その血を受け継いだ子孫の数が300以上になり、その内で、直接伝道に献身した者が、42人出たというのです。 その内で、最も有名な人が、南アフリカで、多数の信仰の書物を書いた、最初に信仰を持った先祖と同じ名前の、アンドリュー・マーレーです。 私もアンドリュー・マーレーの本は「内なる人」をはじめたくさんの本を読んで恵まれましたが、その信仰は、3,4代前の同じ名前のアンドリュー・マーレーから、受け継いだものだったのです。1節「さあ、あなたとあなたの家族は皆、箱舟に入りなさい。」  神様は、箱舟を用意して、ノアとノアの家族を招かれたように、イエス・キリストの十字架の贖いによって、救いの業を完成されて、あなたとあなたの家族を招いておられます。その招きに応えて、主のもとに行きましょう。まず、私が、その招きに応えて、主のもとに行き、アンドリュー・マーレーの子孫になされた、素晴らしい御業を私たちの子孫にも見せていただきましょう。
 今年も、2月12日~14日まで、東北ケズィック・コンベンションが行われます。実は、ケズィックでも高齢化が、問題になっています。ケズィックには、世界的に用いられている有名な講師が招かれます。その恵みに若い人たちが預かれないとは、何ともったいないことでしょうか。 昔は、若いクリスチャンが、箱根で行われたケズィック・コンベンションに大勢集まりました。多い時は1000人近くの人たちが集われました。そして、その中から救われる魂が起こされ、献身者が次々に起こされてきました。その恵みは全国各地に広がって行きました。 ところが、残念なことに、2月という時期が悪いのかも知れませんが、今は、若い人たちが、少なくなってきました。 そこで、東北ケズィック・コンベンションでは、若い人たちが喜んで集うケズィック・コンベンションというビジョンを掲げています。そして、今年も、12日の一日目に、仙台青葉荘教会で、青年大会が行われます。
「さあ、あなたとあなたの家族は皆、箱舟に入りなさい。」 神様は、老若男女を問わず、みんなを招いておられます。その招きに応えて、主の御許にでようではありませんか。


(2)忍耐して待たれた神

4節「七日の後、わたしは四十日四十夜地上に雨を降らせ、わたしが造ったすべての生き物を地の面からぬぐい去ることにした。」  6:22に「ノアは、すべて神が命じられたとおりに果たした。」  と書かれています。ノアによって、箱舟が造られ、すべての動物が雄と雌とつがいで、箱舟の中に入れられ、食糧も準備されました。そして、「さあ、あなたとあなたの家族は皆、箱舟に入りなさい。」  と言われたのですから、「準備完了、出発オウライ」とすぐにでも、雨を降らせても良いはずですが、神様は、「七日の後、」雨を降らせるとおっしゃっています。どうして、この期に及んで、7日間待たれたのでしょうか。それは、神様が、滅び行く魂を愛されて、最後まで忍耐して待っておられたのです。
それは、Ⅰペトロ3:20~21を読むと分かります。

「この霊たちは、ノアの時代に箱舟が作られていた間、神が忍耐して待っておられたのに従わなかった者です。この箱舟に乗り込んだ数人、すなわち八人だけが水の中を通って救われました。この水で前もって表された洗礼は、今やイエス・キリストの復活によってあなたがたをも救うのです。洗礼は、肉の汚れを取り除くことではなくて、神に正しい良心を願い求めることです。」
  神様は、堕落していたノアの時代の人たちをも、招いておられたのです。神様は、ノアとノアの家族が箱舟を造っていた120年の間、彼らが悔い改めるのを忍耐強く待っておられたのです。 そして、箱舟が完成して、全ての者が整ってからも7日間、彼らが箱舟に乗るのを忍耐強く待っておられたのではないでしょうか。しかし、彼らは、「神が忍耐して待っておられたのに従わなかった」のです。 神様の御心は、この世の人が一人も滅びないで永遠の命を得ることです。そして、今日も、神様は、一人も滅びないで、皆が悔い改めるようにと忍耐して待っておられるのです。
 アメリカのカトリックの神父で、フラナガンという神父がいました。彼は、少年非行の原因は、社会環境にあることを感じ、1917年に「少年の町」を建設しました。 このようにして、非行の矯正に努力し、平和の使徒と呼ばれたフラナガン神父はこう言っています。「不良少年は、うそをつくのが好きで、また上手だ。わかりきったうそを何回でも言う。こっちは、それが嘘だと分かっていても、何回でもだまされる。途中で、お前はまだ嘘をいうのか。などとと叱ったりすると、もうよりつかなくなる。寛容をもって待つことだ。鈍い心にも悔いる心はある。最後はすまなかったとわびてくる。」そして、最後にこう書いているのです。「そこまでの辛抱はなみたいていではない。」 このフラナガン神父は、並大抵ではない忍耐を持って、少年が悔い改めるのを待ち続けました。
 それと同じように、いや、それ以上の忍耐をもって、神様は、すべての人が罪を悔い改めて神様に立ち帰るのを待っておられるのです。その神様の御心を覚えて、一人でも多くの方々に、寛容な心で忍耐強く、神様の愛を宣べ伝えさせていただきましょう。


(3)ノアの後ろで戸を閉ざされた神

16節

「神が命じられたとおりに、すべて肉なるものの雄と雌とが来た。主は、ノアの後ろで戸を閉ざされた。」  ここに、「主は、ノアの後ろで戸を閉ざされた。」と書かれています。

 カルヴァンは、「この一句は、空しく付け加えられたものではなく、軽々しく通り過ぎるべきものではない。」と言っています。 「主は、ノアの後ろで戸を閉ざされた。」これは、厳粛な言葉です。  そして、この言葉は、2つのことを表しています。一つは、神様は、ノアとノアの家族をこの洪水から守られたということです。 神様は、ノアを救うために、箱舟を造らせ、その中に、ノアとノアの家族を招かれました。彼らは、神の言葉に従って、救われたのです。
 もう一つは、神様は、堕落したノアの時代の人々を滅ぼされたということです。神様は、堕落した彼らをも愛され、忍耐強く悔い改めて、神様の元に帰るのを待ち続けられました。 しかし、とうとう、戸が閉ざされる時が来たのです。戸が閉ざされると、もう、どんなに泣き叫んでも、箱舟に入ることは出来ません。 同じように、神様は、今は忍耐して罪を悔い改めて、イエス・キリストを信じて救われるように、すべての人を招いておられますが、主が再び来られる再臨の時、その時には、どんなに泣き叫んでも、救われない滅びの日がやってくるのです。そして、それは、永遠の命と永遠の滅びを分ける厳粛な時です。
16節「神が命じられたとおりに、すべて肉なるものの雄と雌とが来た。主は、ノアの後ろで戸を閉ざされた。」
  ノアの箱舟の戸が閉ざされた時、中に入ったノアとノアの家族は救われましたが、戸の外にいた人たちは、みんな滅んでしまいました。 信仰というのは、信じて永遠の命に生きるか、信じないで永遠の滅びに至るか二つに一つです。その中間はないのです。
 そして、マタイ24:36には、「その日、その時は、だれも知らない。」とあります。あの地震や津波が突然やって来たように、世の終わりの時も突然やってくるのです。そのための準備が出来ているでしょうか。
Ⅱコリント6:2(P331)にはこう書かれています。「なぜなら、/「恵みの時に、わたしはあなたの願いを聞き入れた。救いの日に、わたしはあなたを助けた」と神は言っておられるからです。今や、恵みの時、今こそ、救いの日。」  ここに、「今や、恵みの時、今こそ、救いの日。」とあります。 イエス・キリストこそが私達の救い主です。このイエス様を救い主と信じて、救いの箱舟の中に入れていただきましょう。
もう一度、1節の御言葉を読みましょう。1節「主はノアに言われた。「さあ、あなたとあなたの家族は皆、箱舟に入りなさい。」
  神様が、私たちを招いておられます。その招きにお応えして、永遠の命に生きる者とさせていただきましょう。 また、まだ、箱舟の外におられる人がいるなら、神様は忍耐して待っておられます。今なら間に合います。愛する家族を、大切な友人を、そして、愛する日本の人たちを、イエス様のもとへ導かせていただきましょう。

 

 

 


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Illustration by c-awase