2/5 ファミリー礼拝

「苦しみの日にも信じたヨブ」 ヨブ1:18~22

人生には、いろいろなことがあります。「どうして、自分だけが、こんな苦しい思いをしなければならないんだ。」と思ったことがありませんか。 でも、神様の愛は決して変わることはありません。そして、神様はどんなことがあっても私達をお見捨てになるようなお方ではありません。その神様の御手の中に、すべてがあるのだということを知るときに、心の中に平安が与えられます。 今日は、苦しみの中で祈りをささげたヨブの話しです。

今日の中心の御言葉は、21節です。

「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ。」

 これは誰でしょう。ヨブです。

  ヨブは、神様を信じる、とても正しい人でした。 そこで、神様はヨブを祝福してくださって、たくさんの家畜(牛、馬、羊、らくだ)と召使いが与えられ、家族と一緒にとても豊かな生活をしていました。  神様は、ヨブのことを、「ヨブは、悪を避け、神様に従う正しい人だ。」とお褒めになりました。  それを聞いたサタンは黙っていませんでした。「それは、ヨブが金持ちだからです。彼の持ち物を全部取ってごらんなさい。きっと、ヨブは神様に文句を言うに違いがありません。」 神様は、それを聞くと「それでは、そのようにしてご覧なさい。けれども命を取ってはいけません。」とサタンにヨブをお任せになりました。
 それから次々にヨブに恐ろしいことが起きました。②oある日のことです。召使いが来て言いました。「た、大変です。強盗がやって来て、働いていた人たちを殺して、牛もロバもみんな盗んでいきました。」
oヨブがビックリしていると、もう一人がやって来て言いました。「大変です。天から火がふってきて、羊も羊飼いもみんな焼け死んでしましいました。私だけが助かって逃げて参りました。」 oすると、その話が終わらないうちに、また、一人が来て言いました。「ご報告いたします。カルデア人が3つの部隊に分かれて、らくだの群れを襲い、奪っていきました。働いていた人たちは、みんな殺されて、私だけが逃げ延びて参りました。」
oそこへ、またまた一人の人がやって来ました。「た、大変です。荒れ地の方から大風が、四方から吹きつけて、家が壊れて、お子さんたちが、みんな死んでしまいました。」 

 どうしたことでしょう。たくさんの牛やロバ、羊やらくだ、ヨブの家で働いている人たち、そして、10人の子どもたち、一日の間に、みんななくなってしまったのです。 ヨブは悲しくて悲しくてたまりません。 でも、ヨブは、神様に文句を言いませんでした。ヨブは何をしていますか。そうです。お祈りです。
21~22節 「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ。」

  このような時にも、ヨブは神を非難することなく、罪を犯さなかった。  ヨブは文句一つ言わずに、「主の御名はほめたたえられよ。」と神様を賛美したのです。      神様は、サタンにおっしゃいました。「わたしの言ったとおり、ヨブは罪を犯さなかったではないか。」 ところが、サタンはそんなことで引き下がりませんでした。「ヨブは、自分の体が元気だから、文句を言わなかったのですよ。体中に悪いできものが出来て苦しめば、きっと神様を呪うに違いありません。」

 神様が、そのことをお許しになりました。すると、ヨブは頭の先から、足の先まで、できものでいっぱいになって、友達が見ても、ヨブだと分からないくらいひどいできものでした。
  ヨブはかゆくて、かゆくてたまりません。ヨブは茶碗のかけらで、体中をかきました。 そんな、ヨブの姿を見て、奥さんは、「神様を呪って死になさい。」と言いました。それほど、ヨブの苦しみは大変なものでした。 それでも、ヨブは、神様に文句を言いませんでした。2:10「ヨブは答えた。「お前まで愚かなことを言うのか。わたしたちは、神から幸福をいただいたのだから、不幸もいただこうではないか。」このようになっても、彼は唇をもって罪を犯すことをしなかった。」  こう言って、ヨブは奥さんを励ましたのです。
 けれども、苦しみはひどくなるばかり、病気はちっとも良くなりません。 ヨブは、なぜ自分がこんなに苦しまなければならないのか分からなくて祈り続けました。 そんなヨブのところに、3人の友達がやって来ました。ヨブはお見舞いに来てくれた、友達に、自分の苦しみをぶっつけました。 そして、その友達の一人が「あなたが、そのような目にあったのは、あなたが何か悪いことをしたからだ。」と言いました。ヨブはその友達に、とうとう「ぼくは、悪いことなんかしていない。自分は正しい暮らしをしているのに・・・」と文句を言ってしまったのです。 神様は、「自分は正しい」と言っているヨブの間違いを教えてくださいました。どんなに立派な人でも、神様の前に本当に正しいと言い切れる人は、誰もいないのです。 ヨブはすぐに、自分の悪かったことに気がついて、神様に「ごめんなさい。」とお詫びをしました。そして、神様の御名を賛美しました。 神様は、これを聞いて、ヨブに大きな祝福を与えてくださいました。

 神様は、ヨブの病気を治してくださいました。それから、牛やロバ、羊やらくだ、働く人たちがだんだん増えていきました。子供も、また10人生まれました。 ヨブは、前よりももっともっとたくさんの祝福をいただいて、幸せに暮らしました。
 このヨブの物語から、2つのことをおお話ししたいと思います。

 

(1)苦しみの意味

 ヨブは、どうしてこんなに苦しまなければならなかったのでしょうか。 神様は、ヨブが嫌いになって、ヨブを苦しめたのでしょうか。そうではありません。 神様は真実なお方です。そして、神様の愛は、決して変わることはありません。神様は、ヨブを苦しみを通して、訓練され、神様の御心がもっと分かるようにして下さいました。そして、最初の祝福よりも何倍も素晴らしい祝福を与えてくださったのです。
 神様は、愛するが故に、私達に訓練を与え、私達を成長させてくださるのです。
ヘブル12:5~6(P417)「また、子供たちに対するようにあなたがたに話されている次の勧告を忘れています。

「わが子よ、主の鍛錬を軽んじてはいけない。主から懲らしめられても、/力を落としてはいけない。なぜなら、主は愛する者を鍛え、/子として受け入れる者を皆、/鞭打たれるからである。」11節「およそ鍛錬というものは、当座は喜ばしいものではなく、悲しいものと思われるのですが、後になるとそれで鍛え上げられた人々に、義という平和に満ちた実を結ばせるのです。」
 ライオンは、自分の子供が成長すると、谷底に落とすそうです。なぜなら、その谷底から這い上がらなければ、動物の世界では生きていけないからです。 また、親は子供を愛するが故に、子供を訓練します。それは、子供が嫌いだからではありません。その子供に訓練を乗り越えて、たくましく成長して欲しいからです。
 ダイヤモンドは、最初から光っているのではありません。時間をかけて磨かれ、注意深くカットされて、初めてあのような美しい宝石になるのです。私達の信仰もダイヤモンドと同じで、磨かれなければ、光りません。 神様は、私達を愛するが故に、磨いてくださって、光輝くクリスチャンにして下さるのです。

 

(2)苦しみを通しての祝福

 ヨブは、多くの苦しみを経験しました。そして、長い間、苦しみの意味について考えました。そのようにして、苦しみを通して、自分の間違いに気づき、悔い改めた時、神様は最初の祝福より、もっと素晴らしい祝福を与えてくださいました。 ヨブ42:12には「羊1万4千匹、らくだ6千頭、牛1千くびき、雌ロバ1千頭を持つことになった。」と書かれています。そして、7人の息子と3人の娘が与えられて幸せな生涯を過ごしたのです。 神様は、私達にも苦しみを乗り越えることによって、今に勝る祝福を与えてくださるお方なのです。
 今仲幸雄さんという方を知っていますか。 今仲さんは、国際バッハコンクールという、有名な音楽の大会で優勝したクリスチャンで、今でもいろいろなところで、神様を賛美しています。 今仲さんが、ドイツで勉強をしていた時の事です。ある日、今仲さんの家族に、突然大きな悲しみが襲ってきました。生まれて11ヶ月の幸子ちゃんが、自分でテーブルを押した拍子に、イスが後ろに倒れてしまったのです。すぐに抱き起こしましたが、体全体が動かなくなり、目も見えなくなってしまいました。 退院してからも、動けないはずの幸子ちゃんが、ベットから落ちて、頭を強く打って手術をしなければならなくなったり、病院に行く途中、暴風の中で乳母車がひっくり返っりました。 その時に、お父さんもお母さんも、泣いて叫びました。「神様、どうしてですか、なぜ、うちの子だけがこんなにつらい思いをしなければならないのですか。私達には子供を育てていく資格がありません。今こうして生きていることすら、つらいのです。」 けれども、今仲さんは、夫婦で聖書を読み、讃美歌を歌い続けました。そのようなことを通して、神様は少しずつ二人の心を慰めてくださいました。 もう、涙が出ないほど苦しい道であっても、神様の愛は決して変わることがないことを知りました。そして、どんな苦しみも喜びに変えてくださる神様を賛美したのです。 そして、その神様を信じて生きることこそが、一番素晴らしい人生であることを知りました。 今仲さんは、悲しみの中でも、神様を信じる心で、神様を賛美するバッハの歌を歌いました。その歌が人々の心を打ち、難しいコンサートで優勝することが出来たのです。 今、今仲さんの家族は、幸子ちゃんを中心に、多くの人々に神様をたたえる喜びを与えています。
最後に21節を一緒に読みましょう。

「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ。」
 ヨブがどのような苦しみの中を通っても、神様は決してヨブを見捨てられず、愛し続けられました。そして、その苦しみを通して、神様はヨブに素晴らしい祝福を与えられたのです。 そして、この神様は、私達を決して見捨てられず、私達を決して変わらない愛をもって愛しておられます。 その神様を信じて、ヨブのように、どのようなときにも、神様を信じ、神様を賛美する者でありたいと思います。

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祈り会(夜)

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Illustration by c-awase