7/8 主日礼拝

「キリストの体に注がれた香油」マタイ26:1~13

MSR+のためにお祈りとご協力をありがとうございます。これまでは、臭い消しや除塩のためにEM散布を行ってきましたが、先週の木曜日に、はじめて除線のためEMを作っていただきそのEM散布を、福島の武藤さんのお宅と、兄弟団福島教会にEM散布のボランティアに出かけました。 ガイガーカウンターで放射線量を調べると、場所によっては、何十倍という放射線量があるところもあって驚きました。ぜひ、放射能が取り除かれて、みんなが安心して故郷で生活できるようにお祈りをお願いします。 気仙沼の足利さんは、私たちがお世話になっているEMの指導者ですが、EMの質が良い物か、悪い物か、どんな種類に効果があるのかは、鼻で分かると言われます。鼻で臭いをかぐと、今までの経験で、そのEMがとのような物なのかが分かるというのです。  今日は、「キリストの体に注がれた香油」の記事ですが、キリストに注がれた香油は、イエス様にとってどのような香りがしたのでしょうか。そのことを考えながら今日の聖書の箇所を読んでみたいと思います。

今日の中心の御言葉は、13節です。

「はっきり言っておく。世界中どこでも、この福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。」 

ここに、「世界中どこでも、この福音が宣べ伝えられる所では、」記念として語り伝えられる出来事が記されています。 今日は、その記念すべき出来事から共に御言葉を聞きたいと思います。
 まず1~5節をご覧ください。「イエスはこれらの言葉をすべて語り終えると、弟子たちに言われた。「あなたがたも知っているとおり、二日後は過越祭である。人の子は、十字架につけられるために引き渡される。」そのころ、祭司長たちや民の長老たちは、カイアファという大祭司の屋敷に集まり、計略を用いてイエスを捕らえ、殺そうと相談した。しかし彼らは、「民衆の中に騒ぎが起こるといけないから、祭りの間はやめておこう」と言っていた。」 

  1~5節には、イエス様を殺す計略が記されています。そして、イエス様は、過越祭に十字架につけられますから、イエス様が十字架につけられる二日前の出来事です。6節からは、キリストの体に注がれた香油の事が、記されています。 この出来事は、マルコ14:3~9、ルカ7:36~50、ヨハネ12:1~8にも並行記事があって、4つの福音書全部にこのことが書かれています。それだけ、初代教会にとって大切な出来事であったことが解ります。
  過越の祭が近づいた時、イエス様と弟子たちは、ベタニヤにあるシモンの家を訪れました。   このシモンの家に、イエス様と弟子たちとがいた時に、一つの美しい出来事が起こりました。イエス様が、弟子たちと食卓についておられると、一人の女が純粋で極めて高価な香油を惜しげもなく、イエス様に注ぎかけたのです。
6~7節をご覧ください。「さて、イエスがベタニアで重い皮膚病の人シモンの家におられたとき、一人の女が、極めて高価な香油の入った石膏の壺を持って近寄り、食事の席に着いておられるイエスの頭に香油を注ぎかけた。」
  この一人の女が誰であったのか、ルカによる福音書には「罪深い女」と書かれ、ヨハネによる福音書では「ベタニヤのマリア」というふうに書いていますが、マタイによる福音書には、どこの誰で、何のためにそんなことをしたのかについて一切の説明もせずに、ただ「一人の女が」と書かれています。
  そして、この女が、ナルドの香油をイエス様に注いだ時、そこにいた何人かが憤慨してこう言っています。

8~9節「弟子たちはこれを見て、憤慨して言った。「なぜ、こんな無駄遣いをするのか。高く売って、貧しい人々に施すことができたのに。」
  ヨハネによる福音書には、それを言ったのはイスカリオテのユダであり、預かっていたお金を盗んでいたからであると説明がくわえられています。とにかく、この時一緒にいた弟子たちは、香油の物質的な価値に心が奪われてしまって、この女のイエス様に対する真実な愛を理解することが出来なかったのです。 「貧しい人々に施すことができたのに。」というのは、もっとものような言葉ですが、彼らは経済的な援助だけに心を捕らえられて、一番大切な真実な愛を見落としていたのです。
そのような彼らに対して、イエス様が言われた言葉が、10節以下にあります。ここに、3つの大切なことが語られています。


(1)キリストに注がれた香油は、主への愛をあらわすものであった。

10節「イエスはこれを知って言われた。「なぜ、この人を困らせるのか。わたしに良いことをしてくれたのだ。」  イエス様は、ここでこの女のしたことを「わたしに良いことをしてくれたのだ。」

と「良いこと」と言っています。これはギリシャ語では、「カロス」という言葉が用いられていますが、これはたんに倫理的なことをいうのではなく、神に喜ばれる美しい振る舞いを表す言葉です。 彼女は、心から、真実な愛をもってこの香油をささげたのです。 この香油は、インド・ヒマラヤ原産のナルドという植物の根から調整されたもので、良い香りを漂わす高価な輸入品でした。 マルコ14:5節には、その香油の値段が「300デナリオン以上」と書かれていますが、デナリオンというのは一日の労働賃金をあらわします。ですから、このナルドの香油は一年分の給料ぐらいの高価な香油だったのです。マリアは、この高価な香油をおしげもなく、イエス様の頭に注いだのです。  そして、このナルドの香油というのは、雅歌では真実な愛をあらわすものであることが解ります。
 雅歌4:12~14には、 「わたしの妹、花嫁は、閉ざされた園。閉ざされた園、封じられた泉。ほとりには、みごとな実を結ぶざくろの森/ナルドやコフェルの花房。ナルドやサフラン、菖蒲やシナモン/乳香の木、ミルラやアロエ/さまざまな、すばらしい香り草。」とありますが、 ここでは、ナルドの香油は、花嫁につけられるうるわしい香として書かれています。  この一人の女が、ナルドの香油を注いだということは、そのようなイエス様への愛をあらわすものでした。
  真実な愛は、見返りを求めません。すべてをささげつくしても惜しまないのが本当の愛です。この女は、そのような愛をもって極めて高価な香油をささげたのです。そこで、イエス様はその女の心をご存じで、「良いことをしたのだ」とおっしゃいました。 わたしたちも主にお献げする時、また、主にお仕えする時、その動機が大切です。この女のような、見返りを求めない、すべてをささげつくして惜しまない愛をもって主にお献げし、お仕えするものでありたいと思います。  今年のMEBIGセミナーで、内越 努先生が、「人は愛する物には、お金を惜しまない。」と言われました。そして、どれだけ、イエス様のために、お友だちのために時間とお金を使っているだろうかと問われました。 私は、それを聞いた時、どれだけお友だちを愛して、お友だちのためにお金を使っているだろうかと問われました。そして、去年から礼拝の献金と、ホサナの献金を同じだけ献げることにしました。 また、今年は出来るだけ、ホサナのために時間を献げるように努力をしています。それは、私だけではなく、ホサナの教師がそのように時間とお金を献げています。なぜでしょうか。それは、お友だちを愛しているからです。一人でも多くのお友だちにイエス様のことを知ってもらいたいからです。
 辻 宣道先生が、「信仰生活の処方箋」という本の中で、「献金は信仰のバロメーターだ。」と書いていました。最初は、献金と信仰を比べて良いのかと思いましたが、確かに10分の1の月定献金を忠実に献げている方は、忠実な信仰生活をしていますし、祝福されています。 なぜでしようか。それは、神様に対する愛が、お金の使い方や時間の使い方に現れるからです。そして、神様は神様を愛する者を必ず祝福してくださるのです。
 私たちは、イエス様をどれだけ愛しているでしょうか。    私たちは、イエス様は私たちの救いのために命さえ惜しまずに与えてくださいました。それほどまでに私たちのことを愛してくださっているのです。そのイエス様の愛にお答えして私たちも心から、時間もお金も喜んで愛の献げ物をさせていただきましょう。

 

(2)キリストに注がれた香油は、主の葬りの準備であった。

11~12節「貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるが、わたしはいつも一緒にいるわけではない。この人はわたしの体に香油を注いで、わたしを葬る準備をしてくれた。」
 この女の振る舞いは、1回限りの出来事に関係していたのです。  イエス様は、いつも、差別されていた人々、貧しい人々に対する愛を教えていました。「貧しい人に施す」ことは、モーセの律法でも命じられているところです。
しかし、11~12節でイエスは様は「貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるが、わたしはいつも一緒にいるわけではない。この人はわたしの体に香油を注いで、わたしを葬る準備をしてくれた。」と言って、彼女のしたことを弁護しておられます。何故でしょうか。それは、一回限りの救いの出来事に関係していたからです。  イエス様への真実な愛の行いは、神様の御心をあらわす素晴らしい行いとなりました。 この時、イエス様の弟子たちは、神の国の宣教に関係してはいましたが、イエス様の受難の意味は解っていませんでした。  ところが、福音書の中で、一番最初にイエス様の受難の意味を直感したのが、この無名の女性だったのです。 この香油は、人が葬られた際に、遺体に塗るためのものでした。そして、この一人の女だけが、たった一度だけこの大切な香油を塗ることが出来たのです。  イエス様が、十字架で死なれ、アリマタヤのヨセフによってその遺体は引き取られますが、イエス様が埋葬された時は、すくに安息日になるので、香油を塗る時間がありませんでした。ですから、3日目の日曜日の朝に女たちかが、イエス様の遺体に香油を塗るためにお墓に出かけていったのです。しかし、この時イエス様は復活しておられたので、遺体に香油を塗ることが出来せんでした。  ですから、この無名の女だけが、イエス様の遺体に香油を塗ることが出来たたった一人の人だったのです。
  そして、このイエス様の十字架の復活こそが、私たちの救いです。
  イエス様は、その神様の愛を私たちにあらわしてくださるために十字架にかかってくださいました。そして、3日の後によみがえられて今もわたしたちにその愛を示してくださっているのです。
 ライアン・ホワイトという少年の証しです。彼は、13歳の時、血友病の治療のために手術を受けましたが、輸血によってエイズウィルスに感染してしまいました。 しかし、彼は人を憎むことなく、明るく学校生活を続けました。ライアンのことが新聞やテレビで報道され、レーガン元大統領や、有名な歌手たちが彼を訪問しました。しかし、彼は18歳という若さで亡くなってしました。 そのライアンが父と交わした最後の会話が、あるキリスト教雑誌に載りました。「愛する息子よ。お前にこれ以上してあげることがなくて心が痛む。すまない。お前を愛しているが、もうお前に何もしてあげることができない。」すると、ライアンは平安に満ちた顔でこう言いました。「お父さん、ぼくは今までたくさんのプレゼントをもらったけど、お父さんみたいなプレゼントをくれた人は誰もいなかったよ。お父さんは、ぼくに天国行きのチケットをプレゼントしてくれた。イエス様を紹介してくれたお父さんのおかげで、イエス様を信じて、永遠の命をプレゼントされたんだ。これよりも大きなプレゼントはないよ。」 ライアンは、天国でまたお父さんと会うんだと言って、平安な顔で主の元に返っていきました。イエス様を受け入れるだけで、永遠の命を与えられるのです。その人は、恵みによってキリスト共に死と復活のプレゼントをいただいたのです。


(3)キリストに注がれた香油の出来事は、世界中で語り伝えられた。

13節 「はっきり言っておく。世界中どこでも、この福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。」 

 イエス様は、ここで「はっきり言っておく。」とおっしゃいました。これは「アーメン、言っておく」という意味で、彼女のしたことの重要性を表す言葉です。 そして、「世界中どこでも、福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。」  とおっしゃられたのです。福音が宣べ伝えられる限り、彼女のしたことも記念として語り伝えられるというのです。このようなお褒めの言葉は、12弟子の一人も受けていません。何という幸いな言葉でしょうか。  
 イエス様は、ここでマリアに対して最高の賛辞を述べています。聖書の中で、このマリアほどイエス様にほめられた人は他にはいないと思います。なぜ、彼女はそのようにほめられたのでしょうか。それは、マリアのしたことが、イエス様の十字架と復活の出来事に深く関係があったからです。 マリアが、香油を注いだのは、十字架の死の葬りの準備であることをお話ししましたが、そして、それは、イエス様の復活の備えでもありました。 そして、マリアがその十字架と復活の主の愛に心から応答したときに、このような素晴らしい言葉をイエス様からいただくことが出来たのです。
 しかし、「この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。」というこの言葉は、この無名の一人の女性だけのものではありません。私たちにも約束された言葉です。  この一人の女性のように、イエス様を真実な愛をもって愛し、主に全生涯をおささげする者に対して、約束された言葉なのです。
  最後に、あの一人の女が、イエス様の頭に、ナルドの香油が注がれた時のことを想像してみてください。イエス様に、香油が注がれた時、そのうるわしい良い香が、部屋全体に広がっていったのではないでしょうか。そのように、私たちがイエス様に対する真実な愛をもって、主に献げ、主に仕えるならば、そのうるわしい香は部屋中に広がっていきます。そして、その真実な愛というのは、キリストの十字架と復活をあらわしたということをお話ししましたが、この素晴らしい福音の香は、その部屋にとどまらず、その地域に、その国に、そして全世界に広がっていくのです。
最後に10節をご覧下さい。「はっきり言っておく。世界中どこでも、福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。」  わたしたちも、この人のように、真実な愛をもって主に仕え、すべてをおささげして、この御言葉にあるような素晴らしい祝福に預かる者とさせていただきましょう。

集会案内

 

フィリア手話の会

毎週火曜日 11:00〜

 

キッズブラウン英語教室

毎週土曜日   8:45〜

                       9:35〜

毎週木曜日 16:00~

 

祈り会(昼)

毎週水曜日  10:30〜

 

祈り会(夜)

毎週水曜日  19:30〜

 

今週の礼拝メッセージはこちらからご覧いただけます。↑

WE LOVE YAMAGATA
WE LOVE YAMAGATA

Illustration by c-awase

 

Q1.教会見学に行きたいけど、行ってもいいですか?

A1.どうぞいらしてください。ぜひいらっしゃる前にお電話を下さい。おいしいお茶を用意してお待ちしてますよ。

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Q2.教会でお金は払わなくていいの?献金ていうお金がいるんじゃないの?


A2.献金はわたしたちが神様に対して自由意志で出すものです。南部教会でも、礼拝、祈祷会、いろいろな会で献金の時間があります。でも出したくない時は、献金係りが来ても何も出さなくていいんですよ。

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Q3.教会に行くとクリスチャンになるようにって無理やり勧誘されない?

A3.無理やり勧誘はしません。でも私たちはクリスチャンで、その幸せを十分感じていますから神様のお話をしたり、聖書を一緒に読みたいと思っています。

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Q4一度教会に行ってみたいけど、一番教会に行きやすい時っていつでしょう?

A4.日曜礼拝が一番人も多いし、教会というものをよくわかっていただけるような気がします。ぜひ一度礼拝においで下さい。毎週日曜日10時15分からです。

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Q5.教会って毎日やってるの?

A5.教会によって違いますが、南部教会は月曜日は基本的にお休みです。その他の日は、プレイズタイム、祈祷会などいろいろな会があります。気楽にぜひ一度おいで下さい。

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Q6.前に教会に行ったら「あなたは罪人です」って言われてむかついた。私何も今まで悪いことしてないのに。何でそんなこと言われなくちゃいけないの?

A6.いきなりそんなことを言われて不快に感じられたお気持ちよくわかります。教会で「罪人」というのは「神様から離れてしまった人」「神様を知らない人」のことを言うんですね。
私たちが普通使う、犯罪を犯したとか、そういう意味ではないのです。

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Q7.教会にはどんな人が行ってるの?何才から行っていいの?

A7.イエス様を信じる人、また信じていきたいなと思っている人が教会に来ています。イエス様を信じない人もぜひいらしてください。南部教会には今0才の赤ちゃんから、85才の教会員がいます。もし足の悪いお年寄りの方がいらしたらお迎えに行くことも考えます。狭い玄関ですが車椅子の方も入れますよ!

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Q8.私は仏教徒ですが、教会に行ってもバチがあたりませんか?

A8.イエス様はバチをあてる神様ではありませんから安心しておいで下さい。

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Q9.教会にはどんな格好で行けばいいですか?

A9.どんな格好でも大丈夫ですよ。神様はあなたのありのままを受け入れ愛してくださいます。

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Q10.教会に行ってみて、つまらなかったら途中で帰ることができますか?ドアがロックされていたりしませんか?

A10.大丈夫です。ドアはいつも開いています。