主日礼拝 12/16

「メシアと呼ばれるイエス」マタイ1:1~17

今日は、マタイ7章1~17節を読んでいただきましたが、新約聖書を通読しようとすると、誰でも最初に躓いてしまうのが、この箇所ではないでしょうか。 私が、最初に聖書を通読した時、この聖書の箇所を読んで、カタカナばかり、それも知らない人の名前ばかりが書かれていて、よく分かりませんでした。 現在の日本人から見ると、聖書の中に、しかも一番最初にこんなカタカナばかりの系図を書いているのだろうと不思議に思ってしまいます。 しかし、ユダヤ人達にとって、この系図というのは、とても大切なものでした。 

今日の中心の御言葉は16節です。 「ヤコブはマリアの夫ヨセフをもうけた。このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった。」  ここに、「メシアと呼ばれるイエス」とありますが、ここには、旧約聖書の時代に何百年も待ち望まれてきた、メシア(救い主)の系図が書かれています。
 新約聖書には、4つの福音書がありますが、中でもマタイによる福音書は、ユダヤ人のために書かれた福音書で、旧約聖書と新約聖書をつなぐ大切な役割を果たしています。 特に、今日読んでいただいた系図というのは、ユダヤ人が最も関心を寄せるものでした。ユダヤ人は、自分達か、神様から選ばれた選民であることに誇りを持っていました。ですから、ユダヤ人以外の人と結婚することはかたく禁じられていましたし、結婚をするときには、相手が純粋なユダヤ人であるかどうかを調べるために、何代にもさかのぼって系図を調べるそうです。 ですから、系図というのは、ユダヤ人にとって、本当に大切なものだったのです。 さて、今日は、そのユダヤ人が大切にしていた系図から、救い主がどのようなお方であるかを共に学びたいと思います。
(1)光輝く系図

 まず、1節をご覧下さい。「アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図。」

  このイエス・キリストの系図に、アブラハムとダビデという二人の先祖の名前が書かれています。この二人の名前を書くことによって、イエス・キリストこそが、ユダヤ人が待ち望んできた救い主であることを表しているのです。
 まずアブラハムは、ユダヤ民族の先祖で、信仰の父と呼ばれた人物です。神様は、アブラハムと約束を結び、「地上の氏族は、すべて、あなたによって祝福に入る」(創世記12章3節)と言われました。
創世記12章1~3節(P15)「主はアブラムに言われた。「あなたは生まれ故郷/父の家を離れて/わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民にし/あなたを祝福し、あなたの名を高める/祝福の源となるように。あなたを祝福する人をわたしは祝福し/あなたを呪う者をわたしは呪う。地上の氏族はすべて/あなたによって祝福に入る。」                        これは、神様が人類を罪の中から救うために、アブラハムとその子孫であるユダヤ民族を選び、そのユダヤ民族を通して、全人類に福音が伝えられるという意味です。 マタイは、イエス様が「アブラハムの子」ということによって、イエス様こそが、アブラハムに対して約束されたことを完成するために来られたお方であることを伝えたのです。
 次の、ダビデは、ユダヤ人の歴史の中で最大の王様です。 イエス様が、このダビデの子孫であることをあらわすことによって、イエス・キリストこそが全人類を罪から救い出す王の王主の主であることをあらわしているのです。
 2節以下には、イエス・キリストの系図が詳しく書かれていますが、ユダヤ人がこれを見ると、ユダヤ人は、この系図を見た時に、イエス様に対して一目置いたに違いありません。なぜなら、王様の名前がずらりと書かれているからです。ざっと数えても15人以上の王様の名前があります。
 今日は、大切な衆議院選挙が行われます。今回は、12の党が立てられていますから、本当に祈って、主にある聖なる一票をと願っています。その中で良く問われるのが、政治家の世襲の問題です。政治家の親や先祖に有名な人がいるとどうしても一目置かれてしまいます。政治家の世襲は、いろいろな課題がありますが、王様や天皇というのは、血のつながりですから、代々受け継がれていきます。 メシアであるイエス様は、そのユダヤの王様の子孫として生まれたのです。
 イエス様は、このようなユダヤ人に信仰の父と呼ばれたアブラハムの子孫、また、ユダヤ人の歴史の中で最大の王の子孫としてお生まれになったのです。                               

(2)闇を明らかにする系図

 この系図を読むと、素晴らしい先祖や王様の名前がでてくるのですが、それとは逆に、どうしてこんなことが、ユダヤの王の系図に書かれているのかと思うようなことが書かれています。
①神の教えに従わなかった王達の名前

 この系図の中には、ダビデの他にイスラエルの王様になった人達がいますが、その中には、神様に従わなかった王様の名前が書かれているのです。9節にあるアハズや、10節のマナセ、アモス、11節のエコンアなどです。これらの王様は、偶像崇拝をして、律法に反することを行い、神様の御心に従わなかった人々でした。 ですから、謀反者として、系図から抜くことも出来たはずです。それなのにマタイはその神様に背いた王の名前を系図にはっきりと残しているのです。それは何故でしょうか?
②4人の女性の名前

 マタイは、この系図の中に4人の女性の名前を挙げています。通常は、ユダヤの系図に女性の名前が書かれるということは非常に珍しいことでした。 しかも、この4人の女性は、ユダヤ人の社会では、受け入れられないような人達ばかりです。
 まず、3節に書かれているタマルのことは、創世記38章に書かれていますが、タマルは義理の父との間に子供をもうけた人です。ここで、近親相姦という罪が明らかにされています。
 次に、5節にあるラハブですが、ラハブのことはヨシュア記2章に書かれています。

 ラハブは、ヨシュアがエリコに遣わした二人の使いが、王に追われたときに、かくまって逃がした遊女です。そのした事は、神様に喜ばれ祝福されるのですが、そのラハブの名前を系図に載せるということは、王の系図に遊女がいるということを明らかにすることですから、これを読んだ人は、系図の中の汚点にしか思えなかったに違いありません。
 三番目は、ルツです。ルツのことは、ルツ記に書かれています。ルツは信仰深い素晴らしい女性で、ナオミの信じる神様に従って行った人です。      ですから、このルツは、多くの人に愛されて、日本人でもルツという名前やルツ子という名前をつける人がたくさんいます。 ところが、ルツはユダヤ人ではありませんでした。ユダヤ人は、異邦人を軽蔑し、血の純粋性を大切にしましたから、ここに異邦人の血が混じることを嫌っていたのです。それなのに、マタイはあえてルツの名前を記しているのです。
 そして、最後に、6節にウリアの妻とあります。このウリアの妻のことは、サムエル記下11章に書かれています。 このウリアの妻というのは、ダビデが姦淫の罪を犯した相手です。そして、ダビデはその罪を隠すためにウリアを戦場の一番厳しいところに送って殺してしまったのです。そのウリアの妻のことが、ここに書かれているのです。 しかも、このウリアの妻には、ちゃんとバテ・シェバという名前があるのに、わざわざダビデの罪を浮き彫りにするように、「ウリアの妻」と書かれているのです。
 マタイは、なぜ、この4人の女性達の名前を、載せなくても良いのにあえて、イエス・キリストの系図に載せたのでしょうか。 それは、マタイが、この4人の女性達の名前を挙げることによって、自分たちが誇りとしていたユダヤ民族の血の中にも、明らかに異邦人の血が混ざっており、けっして純血ではないことをあらわしています。その上、数々の不倫や、罪の汚点があったこの系図の中に、イエス・キリストが救い主として来られたことをあらわしているのです。
 神様は、ユダヤ人がきよく正しいからお選びになったのではありません。また、他の民族と比べて特に良かったから選ばれたのでもありません。ユダヤ人も他の民族と同じように罪があり、汚れているのです。 けれども、神様は、そのような罪深い、汚れてどうしようもない人々を愛してくださり、神様の一人子であるイエス様を、救い主としてこの地上に送って下さったのです。 ということは、言い換えると、ユダヤ人だけではなく異邦人も、また、どんな大きな失敗や、罪を犯した人でも、誰一人として、イエス・キリストの救いから漏れる人はいないと言うことです。 イエス・キリストは、この系図に闇が表されているように、この世の闇の中に、私たちの暗い心の中に、真の光として来てくださったのです。
 ロシアの作家トルストイは、貴族の出身で、豊かな生活をしていました。しかし、彼は、人生の本当の満足を得ることが出来ず、作品を通して、多くの人たちから尊敬されていたにもかかわらず、罪に対する恐怖や不安な心をどうすることも出来ませんでした。 そんなある日のことです。さびしい田舎道を歩いていると、そこに一人の農夫がいました。その農夫の顔は、喜びと平安に満ちていました。トルストイは、彼の姿にひかれて、彼がいる畑の中に入っていきました。 そして、「あなたは、どうしてそんなに喜んで平安な顔をしているのですか。」と尋ねました。すると、その農夫は、このように答えました。「神様を信頼して生きているからでしょう。だから、私の心は喜びで満ちているのです。」 その言葉を聞いた、トルストイは、その日から真剣に神様を求めはじめました。そして、ついにイエス様に出会い、今までどうすることも出来なかった不安や恐怖の闇から解放されたのです。
 イエス様は、この罪深い、暗闇が覆っているこの世に来てくださったのです。また、罪深い真っ暗な私達の心の中に宿ってくだったのです。 そのことを心から感謝し、この罪の系図の中にイエス様の名前が書き記されているように、私の心の中にイエス様をお迎えし、心の王座に座っていただきましょう。
(3)メシアと呼ばれるイエスの系図

17節「こうして、全部合わせると、アブラハムからダビデまで十四代、ダビデからバビロンへの移住まで十四代、バビロンへ移されてからキリストまでが十四代である。」
o「アブラハムからダビデまで」

 アブラハムに与えられた約束(創世記12章1~3節)を先程読みましたが、あの約束から、ユダヤ民族が始まりました。それから、ダビデの時代までは約千年です。
o「ダビデからバビロンへの移住まで」

 この時代、神様は罪を悔い改めて神様に立ち帰るように預言者を遣わしました。けれども、ユダヤ人はは心をかたくなにして、耳を傾けようとせずに、罪をくり返し犯していた時代で、約四百年続きました。 神様は、ユダヤ人を懲らしめるために、バビロンによって、北イスラエル王国を滅ぼし、残った南ユダの人々も捕虜としてバビロンに連れて行かれました。
o「バビロンに移されて、キリストまで」

 バビロン捕囚が行われた紀元前五百八十年というのは、ユダヤ人にとって暗く長い苦難の時代でした。その間、ユダヤ人は、救い主が現れることを、待ち望んでいたのです。 そして、ついに、待ち望みつづけた救い主が現れたのです。何と、アブラハムの時代から、イエス様が誕生するまで、2000年です。その間、ずっと救い主を待ち続けてついに、クリスマスにイエス様がお生まれになったのです。
 そして、この福音はイエス・キリストがお生まれになってから、2012年世界中に伝えられ、今では、世界の人口の3分の1の人々が、イエス・キリストを信じています。  みなさんはどのようにして、イエス様を信じましたか。親や友人にに連れられてきた人もいるでしょうし、教会に神様を求めてきた方、チラシや本を読んで来られた方もあるでしょう。いずれにしても誰かが、イエス様のことを伝えてくださったから信じることが出来たのです。そして、この福音を、伝えるのは私たち番です、一人でも多くの人々に伝えさせていただきましょう。 もうすぐクリスマスですが、今年も家族にクリスマスプレゼントを何にしようかと考えておられるかも知れません。心のこもったプレゼントは家族に対する愛を伝えることが出来ます。けれども、一番素晴らしいプレゼントは何でしょうか。それは、このクリスマスにこの地上に来られたイエス・キリスト御自身です。

 今年山形南部教会に与えられた年間聖句は、使徒言行録16:31「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。」  私たちを救って下さった神様は、私たちの家族も愛しておられます。まず、家族にこの福音を伝えて、神様の素晴らしい御業をみせていただきましょう。

 ライアン・ホワイトというクリスチャンの証しです。 彼は、13歳の時に血友病のために手術を受けました。そこで輸血をした時に、HIVに感染してしまったのです。自分のせいではなく、病院の不注意で彼は死に直面しなければならなくなったのです。 しかし、彼は死が近づいていることを知りながらも誰もうらむことなく、明るく生活していました。むしろ病院にお見舞いに来た人のために祈り、心配する両親を励ましていました。 ライアンの話は新聞記者たちにも知られるようになり、彼の話は新聞やテレビで紹介され、多くの人たちが彼を応援するようになりました。彼のところに、レーガン大統領やマイケル・ジャクソンをはじめ有名な人たちも訪問して、彼に多くのプレゼントが贈られました。 ところが、5年後、18歳の時にライアンは天に召されてしまいました。その天に召される前に、お父さんとこのような会話を交わしたそうです。お父さんがライアンに涙を流しながらこう言いました。「ライアン、ごめんね。もう何もやってあげられない。お父さんがこれ以上何もプレゼントをあげられないことを許して。」 すると、ライアンがこう答えたそうです。「お父さん、ぼくはいろいろな人に素敵なプレゼントをもらったけど、誰もお父さんがくれたような素晴らしいプレゼントはくれなかったよ。お父さんは、ぼくが死んでからも天国に行ける天国行きのチケットをくれたよ。お父さんのおかげて教会に通うようになり、イエス様を信じて、永遠の命をもらったんだ。これ以上素晴らしいプレゼントはないよ。」 ライアンのこの話しは、あるクリスチャン雑誌に掲載され、多くの人に感動を与え、チャレンジを与えたのです。そして、その最高のプレゼントは今も多くの人たちに伝えられています。
最後に16節をご覧ください。 「ヤコブはマリアの夫ヨセフをもうけた。このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった。」

 今日は、メシアと呼ばれるイエスの系図を学びました。メシア(救い主)は、アブハムの時代から、イエス様が生まれる2000年も前から待ち望まれていました。そして、イエス・キリストが、全人類の罪のために十字架にかかられて3日の後によみがえられて救いを完成されてから、約2000年この福音は伝えられ継承されてきたのです。
 使徒言行録16:31「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。」  私たちもこの素晴らしい福音を家族に伝えましょう。そして、この系図が更に続いて、すべての人が救われるように私たちを用いていただきましょう。

 

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コメント: 1
  • #1

    シズコ (月曜日, 17 12月 2012 18:33)

    メッセージの更新、ありがとうございました。昨日のメッセージの時、人ごみが辛くて二階で横になって休ませて頂きながら聴いておりました。けれどこうして文章で改めて読むことができるのはありがたいです。メッセージのアップは本当に大変だと思いますが、是非定期的に続けていって欲しいと思います。今何もお役に立てなくてすみません。けれど、昨日のメッセージ、マタイの系図、初めて心に来るものがありました。いつもここを読むとき「ああめんどくさい!せめて日本人の名前があったらわかりやすいのに・・・」(すみません!)とか文句たらたらなのですが、私自身は「ボアズ」から「ダビデ王」まで案外近いんだな?と思ったときから、聖書を読んでました。そして、エッサイって言う名前が出てきたとき、このシーズンになると必ず出て来るイザヤ書の「エッサイの株から一つの萌えいで・・・」と書いてあるあのエッサイのことなんだろうか?って思いました。間違ってたらごめんなさい。でも今気付いたのですが、新共同役では「エッサイの株」なのに、他の訳では「エッサイの根から新しい若枝が萌えいで育つ」なんですね・・・・私は根のほうがなんか好きだな(どうでもいいのですが)多分、賛美歌で歌ってる「エサイの根より」のエサイとエッサイはきっと同じなんですよね?やっぱり訳が違って名前が違ったりすると難しいなあ・・・今エッサイと書いてたら「あら、えっさっさー♪」なんて歌が思い出されたりして・・・ううっ!・・・クリスチャン歴11年越えてるのに、こんなコメントしか書けなくてすみません。m( _ _ )m。でも、エジプトの「パロ」=「ファラオ」ってすぐわかる人はなかなか居ないと思うにゃー。(苦笑)

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