主日礼拝 1/19

「わたしの民が大勢いる」使徒言行録18:1~11

  今日は、Yくんの証しを聞くことができ感謝します。「くるくる体験セミナー」でYくんが帰られて帰ってきました。

 それまでは、なかなかホサナに来るのが大変だったYくんが、次の週には真っ先に生き生きとした顔で、ホサナにやってきたのです。そして、心から賛美をささげているYくんの顔を見て、神様は素晴らしいと思いました。そして、今日は礼拝の中で証しをしてその喜びを伝えてくれました。

 今年の御言葉を暗唱してみましょう。

「全世界に行って、すべての造られた人に、福音を宣べ伝えなさい。」

  私たちも、この喜びに満たされて、主の証し人として用いていただきましょう。

 今朝は使徒18:1~11を読んでいただきましたが、今日の中心の御言葉は、9~10節です。

「ある夜のこと、主は幻の中でパウロにこう言われた。「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。 わたしがあなたと共にいる。だから、あなたを襲って危害を加える者はない。この町には、わたしの民が大勢いるからだ。」

 

 使徒言行録15章36節から、パウロの第二回伝道旅行のことが書かれています。

 アンテオケを出発したパウロが、17章でギリシャのアテネのアレオパゴスの評議場で説教しました。そして、今日の箇所は、アテネを後にして、コリントの町を前にした時のことが書かれています。

 

 コリントの町は、アテネから西方約70㎞の地点にあるアカヤ州の州都で、商業貿易の盛んな港町でした。この町には、旅行者がたいへん多く、経済的に繁栄した町でした。ところが、道徳的には、退廃していて、あちこちでみだらな行いが満ちあふれていました。また、宗教的にも、偶像礼拝がいちるところで行われ、堕落しきった町でもありました。

 当時、「コリント風にふるまう」という言葉があって、この言葉は、不品行を意味していたそうです。この言葉からも、コリントの町が、どれだけ、道徳的にも、宗教的にも堕落していたかがわかります。

 

 パウロは、世界宣教を目指していましたので、この大都市コリントをこの地域全体の拠点にしようと思ってやって来たに違いありません。

 しかし、パウロはこのコリントにやって来た時、自分の弱さを知らされ、不安を覚えていたのです。

 パウロはこの時の心境をⅠコリント2:3でこう語っています。

 「そちらに行ったとき、わたしは衰弱していて、恐れに取りつかれ、ひどく不安でした。」

 パウロは、不品行に満ちたコリントの町を前にして、弱さと不安を覚え、恐れを感じていたのです。

 それに、パウロにとって、全く新しい土地ですから、知っている人もいませんし、信者も教会もありませんでした。そして、生活の見通しもつかなかったのです。

 しかし、そのような孤独と不安の中でも、神様はいつも共におられたのです。そして、力と勇気を、いろいろな方法で与えてくださったのです。

 

(1)人々との出会いを通しての励まし

18章1~8節には、パウロの助け手として、3種類の人々が与えられています。

O最初は、2~3節にあるアクラとプリスキラです。

 「ここで、ポントス州出身のアキラというユダヤ人とその妻プリスキラに出会った。クラウディウス帝が全ユダヤ人をローマから退去させるようにと命令したので、最近イタリアから来たのである。パウロはこの二人を訪ね、職業が同じであったので、彼らの家に住み込んで、一緒に仕事をした。その職業はテント造りであった。」

 人と人との出会いを考えると、不思議に思う事がありますが、パウロと、アクラとプリスキラという夫婦との出会いも神様の導きとしか言いようのない不思議な出会いでした。

 アクラとプリスキラは、パウロがコリントの町に来る少し前までは、イタリアのローマにいたのです。ところが、クラウデオ帝が、ユダヤ人をローマから追放する命令を出して、強制的にコリントの町に連れてこられたのです。この時間と場所がぴったり合って、パウロと会うことが出来たのです。しかも、パウロもこの夫婦も天幕作りという同じ職業をしていたのです。

 この夫婦は、素晴らしいクリスチャンで、パウロの生涯の信仰の友、伝道の協力者となります。この時の出会いは、パウロをどれだけ力づけたかわかりません。まさに、神様の素晴らしい導きです。

O次は、5節にある、シラスとテモテというパウロの弟子たちです。

「シラスとテモテがマケドニア州からやって来ると、パウロは御言葉を語ることに専念し、ユダヤ人に対してメシアはイエスであると力強く証しした。」

  パウロはまず、伝道をアクラとプリスキラと一緒に天幕作りをしながら始めました。

 そこへ、シラスとテモテがマケドニアからやってきたのです。

 フィリピ4:15~16を見るとわかりますが、シラスとパウロは、フィリピの教会をはじめとするマケドニア地方の諸教会の献金をもってやって来たのです。

 神様は、必要な人を助けてとして与えてくださるだけではなく、献金や食物など具体的な必要を満たしてくださるお方です。

 パウロは、シラスとテモテがフィリピから届けてくれた献金と、アクラとプリスキラが天幕作りで得た収入とで、5節の後半に、「パウロは御言葉を語ることに専念し、ユダヤ人に対してメシアはイエスであると力強く証しした。」  とあるように、伝道者としての業に専念することが出来るようになったのです。

O3番目は、8節にある会堂長のクリスポです。

「会堂長のクリスポは、一家をあげて主を信じるようになった。また、コリントの多くの人々も、パウロの言葉を聞いて信じ、洗礼を受けた。」

 パウロは、ユダヤ人たちに力強く、福音を伝えましたが、ユダヤ人たちは、パウロの言うことを聞こうともしないで、反抗し、ののしり続けました。

 ところが、神様によって導かれた、神様を敬うティティオ・ユストという人の家で、素晴らしいことが起きたのです。その家で、パウロが福音を伝えると、会堂司のクリスポが一家をあげて主を信じたのです。

 会堂司というのは、ユダヤ人の礼拝を司会し、会堂の財産を管理し、礼拝での聖書朗読や祈りを誰にするかを指名したりする人です。このような指導的立場にある人が、主を信じて救われたのですから、それは、本当に大きな、驚きであり、喜びでした。

 そして、その会堂司クリスポが救われたことがきっかけで、多くのコリントの人々が集会にやってきて、パウロの話を聞いて、イエス・キリストを信じてバプテスマを受けたのです。

 神様は、私たちを救いを必要としている人のところへ導いて、素晴らしい御業を成して下さるのです。

 

3つの出会いについて、学んできましたが、神様は、私達を、人々との出会いを通して励まし、力づけてくださいます。

 

 私も、山形に遣わされて、26年になろうとしていますが、みなさんお一人お一人との出会いを本当に感謝しています。一人一人、名前をあげてお話しする時間はありませんが、主にある出会いは本当に素晴らしいものです。どれだけ、ここにおられる、みなさんとの出会いによって、助けられ、励まされてきたか分かりません。そして、これからも、神様が与えてくださった出会いを大切にして、力を合わせて、主の御業のためにんで行きたいと思っています。

 

(2)御言葉による励まし

 神様は、このように人々との出会いを通して、イエス様を信じる人々を起こしてくださいました。ところが、イエス様を信じる人が多くなり、町や国へ影響力が多くなると、必ず反対者もおこります。

 パウロは、このコリントの町での、迫害を予測して、ここて、腰を落ち着けて、伝道するかどうか迷っていました。

 そんなある夜に、主が幻を通して語られました。

9~10節です。

「ある夜のこと、主は幻の中でパウロにこう言われた。「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。わたしがあなたと共にいる。だから、あなたを襲って危害を加える者はない。この町には、わたしの民が大勢いるからだ。」

 この言葉が、今朝の中心の御言葉です。

パウロに素晴らしい出会いを与えてくださった神様は、今度は幻を通して語られた、御言葉を持って励まされました。

 特に、ここに「わたしがあなたと共にいる。」とありますが、この御言葉ほど、力強い約束はありません。なぜなら、パウロの信じている神様は全知全能のお方だからです。

 

 この「わたしがあなたと共にいる。」という大きな約束に基づいて2つの命令が記されています。

 一つは「恐れるな。」という命令です。「恐れるな。」というのは、親が子供に言うように「あなたには、わたしがついているから、恐れる必要はないよ。」と語っておられるのです。そして、念を押すように「だから、あなたを襲って危害を加える者はない。」とあります。神様が共にいて守ってくださるから大丈夫なのです。

 

 もう一つは、「語り続けよ。黙っているな。」という命令、すなわち宣教命令です。ここでも、「わたしがあなたと共にいる。」  から、大丈夫だ。「語り続けよ。黙っているな。」というのです。そして、この伝道が必ず、成功することが約束されています。

10節後半をご覧下さい。

「この町には、わたしの民が大勢いるからだ。」

  この時、コリントの町にはキリスト者はほとんどいませんでした。また、状況は非常に厳しいものでした。しかし、神様はパウロにこう約束されたのです。「この町には、わたしの民が大勢いるからだ。」

  これが、神様の目です。

 私たちは、どのような目でこの町を見ているでしょうか。

 

 靴のセールスマンが、二人でアフリカに靴の販売に行ったそうです。アフリカに行ってみると当時は、靴を履く習慣がなかったので、みんな裸足で生活をしていたのです。

 一人の人は、それを見て会社に帰ってこう報告しました。

「だめです。アフリカには靴をはく習慣がありません。靴を販売しても誰も買ってくれないでしょう。」

  ところが、もう一人はこう言ったのです。

「社長、アフリカには無限の可能性があります。まだ、みんな靴をはいていないのです。彼らが靴の素晴らしさを知ったら、みんな我が社の靴を買うでしょう。」

 

 二人が見たものは、同じものでした。しかし、見る目が違ったのです。最初の人は、駄目だという目で、アフリカの人たちを見ました。しかし、もう一人のセールスマンは、最高の市場だと見たのです。

 

 山形の町を見てください。良く私たちが遣わされた時に「山形の伝道は、とても難しいです。日本のクリスチャン人口は1%と言われますが、山形はその半分以下です。」と聞かされたことがあります。99,5%の人たちが、クリスチャンではないというのです。実際に計算をしてみました。山形市の人口は25万人です。そのうち、礼拝に出席している人が500人だとすると、0,2%ということになります。99,8%の人が教会に通っていないのです。

 しかし、神様の目にはどう移っているのでしょうか。

「この町には、わたしの民が大勢いるからだ。」

  99,8%の、これからクリスチャンになる可能性の人たちが山形に入るのです。靴のセールスマンが、「我が社の靴の素晴らしさを知ったら、みんな我が社の靴を買うでしょう。」と目を輝かせて言いました。

 私たちは、何を伝えるのでしょう。聖書の御言葉です。キリストの福音です。これに勝るものはありません。その素晴らしさを知ったら、みんなクリスチャンになるでしょうと、私たちも目を輝かせて言ということができたら本当に素晴らしいと思います。

 

 私達が、自分の力で伝道するのであれば、それは本当に大変なことです。 けれども、「わたしがあなたと共にいる。」「この町には、わたしの民が大勢いるからだ。」と言われる主が共にいて下さるなら、何も恐れることはありません。そして、主と共に行う伝道は、主の戦いですから、決して失敗することはないのです。

 

 キリスト塩釜ともしびチャペルの平島先生のためにお祈りをしていただきたいと思います。先生は開拓から15年牧会伝道をしてこられましたが、この度、韓国のソウル日本人教会に遣わされることになりました。

 先日、「パラム平島 望宣教師を支える会」が、仙台青葉荘教会で行われました。パラムというのは、「風」という意味で、聖霊の風が吹いて主の御業がなされるようにという願いを込めてこの名前が付けられました。

平島先生が、韓国伝道を示されたのは、20年以上前のことで、韓国の光林教会宣教牧会セミナーが行われた時のことです。私もこのセミナーに参加しました。

 一週間くらい、韓国の素晴らしい先生方によってセミナーが行われましたが、その日だけ、予定の先生が、緊急の予定が入ってて来られなくなってしまったのです。そこで、ソウル日本人教会の吉田耕三牧師が、急遽講演をしてくださったのです。「日本の韓国に対する謝罪と平和について」の講演でした。

 その時の講演は、今でも忘れることが出来ません。日本人が韓国人に対して「日帝36年の植民地時代」にどんなに残虐のことをしてきたのかを話してくださいました。そして、その日本が韓国に対して謝罪をし、それだけではなく、平和を回復することの大切な使命について語られました。そして、イエス・キリストだけが本当の平和を与えて下さるお方で、そのために私たちクリスチャンに大切な使命が委ねられていることが語られました。その時に、平島先生はその働きを続けていくのはわたしだと示されたというのです。

 それから、平島先生は、それから何度か韓国に行かれ、不思議な主の導きで、吉田耕三先生の長女範子先生と結婚をすることになりました。そのころから、韓国宣教に対する思いが強くなっていきました。

 ところが、神様は、平島先生を15年前にキリスト塩釜ともしびチャペルへと遣わされたのです。最初は、一軒家を借りて六畳二間で礼拝が行われていましたが、やがて、会堂が与えられ、転入会者や、受洗者も与えられて、教会形成が行われてきました。

 そして、この数年前から平島先生にとって韓国宣教という使命から遠ざかるような状況が続きました。一つは、東日本大震災です。キリスト塩釜ともしびチャペルの震度の中にも被災をされた方がおられましたし、救援の拠点として教会が用いられたのです。また、中学3年の息子と、中学2年の娘がいます。また、お母様もだんだんご高齢になってきました。そのような中で韓国に行くことはとても出来ないと思われました。

 しかし、神様は、そのような中でこの一年間で不思議なように道を開かれたのです。

まず、在韓日本人教会の吉田耕三先生がご高齢になられて、どうしても後継者が必要だと、平島先生に依頼がありました。それから、東京にマンションを持っておられた平島先生のお母様が、そのマンションを売って、塩釜にマンションを買われて、子ども達の面倒をみると決断されたこと。それから、子ども達もそれを受け入れてくれたことなど、この一年で韓国宣教の道が開かれていったのです。

 そして、「平和を実現する人々は、幸いである、/その人たちは神の子と呼ばれる。」  マタイ5:9の御言葉が与えられて、日韓の平和の架け橋として遣わされて行かれようとしています。

 どうか、平島先生の働きのために、また、私たちの教会からは、鹿子木宣教師が遣わされていますが、アジアの平和と宣教のためにお祈り下さい。

 世の中の状況がどう変わろうと、主の御言葉は変わることがありません。

9~10節

「ある夜のこと、主は幻の中でパウロにこう言われた。「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。 わたしがあなたと共にいる。だから、あなたを襲って危害を加える者はない。この町には、わたしの民が大勢いるからだ。」

 パウロは、道徳的にも、宗教的にも堕落していたコリントの町に、この御言葉に支えられて福音を伝えました。そして、そのパウロによって、多くの人達が救われ、コリントの町に教会が誕生したのです。

 神様は、私達にも、「恐れるな。語り続けよ。黙っているな。わたしがあなたと共にいる。・・・この町には、わたしの民が大勢いるからだ。」とおっしゃいます。この御言葉に支えられて、一人でも多くの人達に福音を宣べ伝えましょう。そうするなるなら、コリントの町で成された主の御業が、私達の山形の町にも行われ、救われる魂が与えられて、初代教会のように、日本だけではなく、アジア、そして「地の果てまで」福音が広がっていきます。なぜなら、それが、神様の約束だからです。

 主の御声に聞き従って、素晴らしい神様の御業を見せていただきましょう。


WE LOVE YAMAGATA
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Illustration by c-awase