2/16 主日礼拝

「聖霊によって閉ざされた恵み」使徒言行録16:1~10

  今日は、本当なら森下辰衛先生が、来られる予定でしたが、仙台まで来られたのですが、大雪のため山形に来らませんでした。申し訳ありませんが、わたしが御言葉を取り次がせていただきます。

 昨日、岩沼の仮設住宅で、三浦綾子読書会が行われました。わたしは、朝天で祈って後、車で出かて、山形自動車道でいきましたが、川崎から先は雪のため通行止めで、下の道に降りることになりました。ところが、途中で立ち往生している車が何台かあって、全く自動車が動かなくなってしまったのです。

 時間が過ぎて、このまま行っても、集会の終わりの時間にも間に合わなくなって、途中で帰ることにしました。

 ところが、笹谷トンネルに入ったところで、雪崩のため車が動かなくなってしまい、トンネルの中に閉じ込められてしまいました。5時間半経って、やっと車が動き始めて帰ることができて感謝でした。

 思い通り行かなかった、一日を振り返ってみて、私たちの人生によく似ているなと思いました。私たちも、いろいろ予定を立てますが、予定通り行かい方が多いように思います。しかし、すべては、神様の御手の中にあって、神様は最善を成して下さるお方です。

 

 今日は、二回も聖霊によって道を閉ざされることによって、マケドニアの宣教に導かれた、パウロの伝道旅行の話しです。

今日の中心の御言葉は、9節です。ご一緒に読んでみましょう。

「その夜、パウロは幻を見た。その中で一人のマケドニア人が立って、「マケドニア州に渡って来て、わたしたちを助けてください」と言ってパウロに願った。」

  使徒言行録15:36~18:22には、パウロの第二回伝道旅行のことが書かれています。

 第二回伝道旅行の目的は、第一回伝道旅行で設立した南ガラテヤ地方の、教会の安否をたずねるためのものでした。

 パウロとバルナバとが行くことになりましたが、マルコを一緒に連れて行くかどうかということで、意見が対立しました。マルコはバルナバの従弟でしたから、バルナバは一緒に行きたがったのですが、パウロは第一回伝道旅行の時、マルコが協力しなかったことを理由に強く反対しました。

 このために激論交わし、結局別々の行動をすることになりました。

 バルナバは、マルコを連れてキュプロス島に渡り、前回の教会を訪問をすることになりましたが、このことは聖書には記されていません。 

 一方、パウロはシラスを選んで、北に向かい、シリヤから、故郷のキリキヤ地方を通って、教会を力づけました。

 その第二回伝道旅行の前半の部分が、16:1~10に記されています。

 

(1)聖霊に道を閉ざされたパウロ

 パウロとシラスが、リストラに行った時、ギリシャ人を父親に持つテモテという、評判の良い弟子が行きました。パウロは、彼を連れて行きたいと思い、その地方に住むユダヤ人に配慮して、割礼を授けました。そして、彼らは方々の町を巡回して福音を宣べ伝えました。その結果、教会は信仰を強められ、日毎に人数が増した行きました。

 そして、いよいよアジア州に伝道旅行に出かけようとした時のことです。彼らにとって予想外のことが起きてしまいました。

6節

「さて、彼らはアジア州で御言葉を語ることを聖霊から禁じられたので、フリギア・ガラテヤ地方を通って行った。」

 聖霊はどのようにして、パウロに語られたのでしょうか。預言の言葉に依ったのかも知れませんし、何かの幻によったのかも知れません。何か困難な出来事が起きて、聖霊が禁じられていると示されたのかも知れません。

 具体的なことはより解りませんが、とにかく、聖霊から禁じられたのです。

 そこで、フリギア・ガラテヤ州を通って、ミシア地方の近くまで行き、ビティニア地方に入ろうとしましたが、

7節には、「イエスの霊がそれを許さなかった。」  と書かれています。

二度も聖霊によって、道が閉ざされてしまったのです。

 何故でしょうか。それは、パウロたちにはその時には解らなかったに違いありません。そして、今まで計画してきたことや準備してきたことが無駄になってしまったとさえ、思うような出来事です。

 しかし、聖書を読むと、パウロの一行は、それらのことには一切触れずに、聖霊の導きに従って、歩んだことだけが記されているのです。

 これが、聖められた人の姿ではないでしょうか。

  パウロは、おそらく綿密に計画を立て準備をして、アジア州の宣教を考えたのではないでしょうか。それが、急に変更になったのですから一大事です。それも、二度もとどめられたのですから、これからどうなるのだろうという不安もあったと思います。

 しかし、彼らは、神様に対してつぶやかずに、何も言わずに、ただ、御霊の導きに従って旅をしたのです。

 わたしたちの人生にも、また、わたしたちの教会にも、計画通りに進ませないことがあります。いや、そういう時の方が多いのではないでしょうか。

 そのような時に、神様に対して、どれだけつぶやいてきたことでしょうか。

 また、どれだけ不安に思い、思い煩ってきたことでしょうか。

 しかし、神様は、わたしたちの最善以下のことをなさるお方ではありません。その御霊に導かれて行くことほど、確かな道はないのです。

 そのことをはっきりと、わたしたちに示してくださったのが、ゲッセマネの園での主イエスの祈りです。

 イエス様は、十字架に架かられる前に、いつものように祈っておられたゲッセマネの園に、3人の弟子ペトロとヨハネとヤコブを連れて行って祈られました。

 十字架の道、それは、イエス様にとって一番つらく、苦しい道でした。

 神の子であるイエス様でさえ、できれば避けて通りたい苦難の道でした。

 そこで、イエス様は、こう祈られたのです。

マタイ26:39

「少し進んで行って、うつ伏せになり、祈って言われた。「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに。」

  「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。」  とイエス様は祈られました。それが、イエス様の心からの願いだったのです。しかし、その祈りは聞き入れられず、道は閉ざされてしまいました。

 しかし、イエス様は続いて、「しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに。」  と御心に従うことを選ばれたのです。

  イエス様が、このゲッセマネの祈りで、道が閉ざされた時、御心に従うことを選び取らて十字架に架かってくださったことによって、わたしたち全人類の救いが「成し遂げられた」のです。

「しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに。」  と従うところに神様の栄光が表されるのです。

 山形南部教会は「愛の教会120人教会を建てよう」というビジョンを2000年にいただいて、会堂建築を目指してきました。

 5年前に、候補地として、教会の関係者の土地があげられ、そこで市街化調整区域であるために、山形市の許可を受けに行ったのです。ところが、宗教施設が建てられるのは、昔から神社仏閣がその地域にあるような、地域に根ざした宗教施設でなければならないと言われました。

 それらなば、地域に根ざした宗教施設となるために、開拓伝道をしようということで、その候補地に近い場所に事務所を借りて、「松波チャペル」を開設し、毎週、夕拝と教会学校と祈祷会、そして、早天祈祷会や半徹夜祈祷会を行いました。また、地域の人に開かれた場所として用いていただきたいと、パソコン教室や、バザー、ギッズ・ブラウンという英会話教室も行いました。

 ところが、山形市では、ますます条例が厳しくなっており、2年前からは、学校や病院も市街化調整区域には建てることができなくなっていると断られてしまいました。

 祈って始めたことでしたが、二度も断られてしまったのです。

 しかし、条例によって閉ざされることによって、私たちは、この2年間、神様から豊かな恵みをいただきました。

 まず、祈りに向かわされました。自分の力ではどうすることもできませんから、とにかく祈りました。祈祷会は勿論ですが、毎朝早天やデボーションで祈り、半徹夜祈祷会も行われるようになりました。もし、簡単に道が開かれていたらこんなに祈らなかったと思います。

 次に、御言葉を真剣に読んで、御言葉を頼りにするようになりました。その御言葉が大きな私たちの力になりました。

 そして、自分たちの計画や願いではなく、聖霊の導きに従うことを教えられたのです。

 そのように、わたしたちは、自分の思い通りにならないことを通して、訓練を受け、成長させていただいたような気がします。

 自分の願いや計画通りにいかないことを通して、神様はわたしたちを成長させてくださり、素晴らしい御業を成して下さるのです。

 「聖霊から禁じられたので、」  「イエスの霊がそれを許さなかった。」

 

  道を閉ざされる時、それは、その時は、どうして、このようなことが起こるのかと解らないことがあります。また、先が見えませんから、不安になったり思い煩ったりします。そして、それはつらいことであるかも知れません。しかし、神様は、このことを通して私たちを成長させてくださるお方です。

道が閉ざされれても、聖霊の導きに従うならば、主が最善の道を開いてくださるのです。

 「しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに。」と御心に従った十字架の主を見上げましょう。そして、わたしたちも、ただ聖霊の導きに従って歩ませていただきましょう。

 

(2)マケドニアの叫び

 パウロの一行が、二度も道を閉ざされ、ミシア地方を通ってトロアスに下っていきました。

 すると、その夜、パウロは幻を見たのです。

9節        

「その夜、パウロは幻を見た。その中で一人のマケドニア人が立って、「マケドニア州に渡って来て、わたしたちを助けてください」と言ってパウロに願った。」

 この幻がどのようなものであったのか解りません。しかし、その幻を見たパウロは、

10節には

「パウロがこの幻を見たとき、わたしたちはすぐにマケドニアへ向けて出発することにした。マケドニア人に福音を告げ知らせるために、神がわたしたちを召されているのだと、確信するに至ったからである。」と書かれています。

  この「確信する」というギリシャ語には、「いっしょに結び合わせる」という意味があります。いろいろな証拠から一つの結論を引き出すことを表す時に使われる言葉です。

 パウロは、目の前に見える対岸のギリシャの島々を見ながら、また、ローマに繋がるマケドニアの都市のことを思い巡らしながら、やっとここで、二度も聖霊が禁じられた意味が解ったに違いありません。

 そして、神様が福音の宣教の業を、アジアからヨーロッパに向けて進めておられるに違いないと確信し、その一行もそのことを確信したのです。

「マケドニア州に渡って来て、わたしたちを助けてください」

 これは、 わたしたちが、これから遣わされていく人々の叫びではないでしょうか。その魂に対してわたしたちに何ができるでしょうか。

 神様は、あなたを必要としておられます。

「マケドニア州に渡って来て、わたしたちを助けてください」という叫びに応えて、福音を携えてここから遣わされていきましょう。

 

(3)備えられている祝福

  神様の祝福は、もうすでに備えられています。そのことは、11節以下を読むと解ります。

 11節以下から始まる、ギリシャ伝道の記事は、キリスト教の宣教が、小アジアからヨーロッパ大陸に移されていく歴史的な出来事です。そのヨーロッパ伝道の最初の拠点として選ばれたのが、マケドニア第一の都市フィリピでした。

 パウロは、祈りの場所を探して、川岸に出かけていきました。すると、そこにティアティラ市出身の紫布の商人であるリディアという婦人に出会いました。

 主が彼女の心を開かれたので、彼女はパウロの話を注意深く聞きました。そして、リディアが福音を信じただけではなく、家族全体がバプテスマを受けて、パウロの一行を自分の家に滞在させることにしました。

15節をご覧下さい。

「そして、彼女も家族の者も洗礼を受けたが、そのとき、「私が主を信じる者だとお思いでしたら、どうぞ、私の家に来てお泊まりください」と言ってわたしたちを招待し、無理に承知させた。」

  ここに、「わたしたちを招待し、無理に承知させた。」と書かれています。パウロたちは、ここに泊めて下さいと頼んだのではありません。リディアの方が、「パウロ先生、わたしの家に泊まって下さい。」と無理に頼んだと書かれています。そして、もう少し進んでいうと、「私たちの家を、伝道のために用いてください。」とリディアと家族が、頼んでここにフィリピの教会が誕生したのです。すごいと思いませんか。

 神様は、私たちが御霊に従って歩みさえするなら、必ず祝福を用意して待っておられるのです。

 そのようにして、パウロの一行は、マケドニア伝道の拠点を確保することができたのです。神様は、トロアスでマケドニアの叫びの幻を見せられましたが、そのときからすでに、このことは備えられていたのです。

 その後、このリディアの家族を中心に建てられたフィリピの教会は、フィリピの信徒への手紙を読むと良く解るように、パウロを最も愛し、パウロの様々な伝道を助けたのです。

 神様は、このように私たちが聖霊の導きに従うならば、すべての働きを助け、備えてくださるのです。

 今から154前に、プロテスタントの宣教師が横浜港に来日しました。そして、それがきっかけとなって、横浜、札幌、熊本などで、リバイバルが起こりました。

 そして、少し遅れて、中国地方の日本海側にある、当時は僻地といわれていた島根県の松江でリバイバルが起きました。その松江バンドで用いられたのが、BFバックストンです。

 BFバックストンは、明治23年11月、30歳の時に神戸に上陸しました。半年の準備の後、明治24年、島根県松江市へ宣教師として遣わされていったのです。

 バックストンは、なぜ、裏日本の松江に行ったのでしょうか。その理由を知る人はあまりいません。

 かつて、バックストンが講義所として使っていた家に住んでいた、滝野つねさんが、その由来を次のように語っています。

「わたしの義父、滝野多三郎が、二人の信仰の友、藤田文之助、高岡近衛門とこの前にある城山で何年間も、断食の祈り会や、徹夜の祈り会を、何度も何度もて、『神様、この滅び行く魂を救ってください。そのために誰か良き働き人を遣わしてください。』という泣き叫ぶような祈りを、神様に訴え続けたのです。

 どういう訳か、そのことがイギリスの新聞記者に知られて、イギリスの新聞に載ったのです。それを、たまたまバックストンが、読んで、それが「マケドニアの叫び」のように聞こえて、日本に来られたのです。

 それで、バックストン先生が松江に来られたときには、神様がこのように祈りに応えて、先生のような方を遣わしてくださったと、松江で祈り続けた人たちは、飛び上がるほど、喜びであふれたのです。」

  松江で、リバイバルが起きたのは、滝野、藤田、高岡という3人のクリスチャンの熱心な、「マケドニアの叫び」のような祈りによるものでした。

 これから、私たちは、それぞれの場所へ遣わされていこうとしています。

 そこには、「マケドニア州に渡って来て、わたしたちを助けてください」と、救いを待ち望み、私たちを必要としている多くの人々がいます。

 御霊の導きに従って、神様の素晴らしい御業を見せていただきましょう。

 もう、すでに神様は祝福を用意して待っておられます。


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Illustration by c-awase