10/12 主日礼拝

「祝福をあふれるほど持って」 ローマ15:22~33

 今日は、10月12日ですが、昨日で震災が起きて、3年と7ヶ月が過ぎました。今でも、仮設住宅で生活をしておられる方がおられ、原発の問題は、まだ解決されていません。

 しかし、あの震災が起こったために、世界中の方々が被災地のために祈り、多くのクリスチャンによって、多くの献金が献げられ、愛のボランティアが行われました。

 そして、今日も、岩沼チャペルで礼拝が行われます。今日は特別に、震災当時から、焼き鳥の炊き出しを通して、ボランティアをしておられる、亘理聖書キリスト教会の熊田康之先生が、メッセージを取り次いでくださいます。そして、あの震災を通して宮城南部に、新たに4つの開拓伝道が行われています。

 失ったものも、非常に多く、今でも戦っておられる方が大勢いらっしゃるので言葉に気を付けなければなりませんが、しかし、はっきり言えることは、今伝えられているイエス・キリストの十字架と復活の福音は、すべてのものにまさるあふれるほどの祝福だということです。


今日の中心の御言葉は、29節です。

「そのときには、キリストの祝福をあふれるほど持って、あなたがたのところに行くことになると思っています。」


 パウロは、ローマの信徒への手紙の1章で、ローマへ行くことを心から願っていることを書いています。

ローマ1:9~12

「わたしは、御子の福音を宣べ伝えながら心から神に仕えています。その神が証ししてくださることですが、わたしは、祈るときにはいつもあなたがたのことを思い起こし、10 何とかしていつかは神の御心によってあなたがたのところへ行ける機会があるように、願っています。11 あなたがたにぜひ会いたいのは、"霊"の賜物をいくらかでも分け与えて、力になりたいからです。12 あなたがたのところで、あなたがたとわたしが互いに持っている信仰によって、励まし合いたいのです。」

  パウロは、霊の賜物をいくらかでも分けて、力になるために、また、あなたがたと互いに信仰によって励まし合うために、ぜひ、ローマに行きたいと心から願っていたのです。

 しかし、そのローマ行きは幾度も「妨げられていました。」 

 神様が、東地中海に伝道へと導かれたので、ローマを中心とする西地中海地方に、伝道をはじめることができまかったのです。

 しかし、パウロは、15:23~24節でこう言っているのです。

 「しかし今は、もうこの地方に働く場所がなく、その上、何年も前からあなたがたのところに行きたいと切望していたので、イスパニアに行くとき、訪ねたいと思います。」

  パウロは、東地中海地方で伝道してきましたが、23節で「もうこの地方には働く場所がなく、」と言っているのです。どうして、パウロはこう言っているのでしょうか。 もちろん、東地中海地方の人々すべてに、福音を伝えたというのではありませんでした。しかし、エルサレムだけではなく、アンテオケ、コリント、ガラテヤ、エフェソ、フィリピ、コロサイ、テサロニケなど、イエス・キリストを信じるキリスト者が起こされ、教会が建てられたのです。パウロは、それらの教会が、福音を伝えることを信じて、委ねたのです。

 そして、パウロは再臨の近いこの時に、まだ、福音に伝えられたいない、ローマを中心とする西地中海から「地の果てまで」宣教の業を前進させようとしているのです。


今日の聖書の箇所を3つに分けて、御言葉を取り次ぎたいと思います。


(1)ローマからイスパニアへ

 先程お読みした、ローマの信徒への手紙1章で、パウロは、ローマへ行くことを心から願っていました。ところが、24節を読むと、パウロにとって、ローマは終着地ではなく、中継地点であることが解ります。パウロの目的地は、イスパニア(スペイン)です。イスパニアというのは、ヨーロッパの最西端です。そして、当時イスパニアには、多くの天才が生まれて、光輝いていました。


  先日も、ノーベル賞物理学賞を日本人が3人も受賞して、世界中が大騒ぎになりました。文学賞を村上春樹が取れなくて残念でしたが、当時のヨーロッパの偉大な人物の多くが、イスパニアの人、スペイン人だったそうです。

 特に有名なのは、ストア派の哲学者、セネカで、彼ははじめはローマ皇帝ネロの教師となり、のちには、執政官になりましたが、彼もスペイン人でした。パウロは、もし、イスパニアの地に福音を伝えることができれば、全世界に福音が伝えられ、素晴らしいことが起こるに違いないと大きなビジョンを持っていたのです。


 よみがえりのイエス様が、弟子たちに、最後に約束されたのは、

  使徒1:8

「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」でした。

  そして、パウロの心は、もうすでに、ヨーロッパの最西端、イスパニアに向いていたのです。そこで、福音を伝えるならば、また、そこから福音が全世界に伝えられると信じていたのです。


 シャーロット・タブナーというドイツ女性の証しです。彼女は若い頃に主に献身し、天の御国のために何ができるだろうかと祈っていました。ちょうどその時、パナマの山岳地帯に住むグアイム族の言葉を研究するために、パナマに行ってみないかという話がありました。シャーロットは一人で、グアイミ族の住む地に行きました。当時、グアイミ族には文字がなく、ただ、話し言葉だけしかなかったのです。

 シャーロットが、イエス様の事をグアイミ族に伝えようとしたところ、彼らがとても、強力な魔術を持った医者を探していることが解りました。そこで、彼女は「私は、とても力強い医者を知っています。その方は悪霊も追い出すことができます。」と伝えました。彼らは「それは誰だ。」と興奮してみんなが彼女言葉に耳を傾けました。シャーロットは「それは、天地を造られた、神の独り子、イエス・キリストです。」と答えると、彼らは「何と素晴らしい」と歓声を上げたのです。

 シャーロットは、そこで彼らに力強く、そして根気強くイエス様の事を教えました。そして、グアイミ族の言葉を文字にして、聖書の言葉を翻訳しはじめたのです。最初文字を作り始めた時から、できるまで20年が経ちました。

 シャーロットが90歳になった時に、とうとうグアイミ族の言葉で書かれた新約聖書が本になって、彼女の手元に届きました。

 すると、その聖書を開いて、シャーロットが一番好きなヨハネ3:16を大きな声で読み上げたのです。

 そばにいた人が「シャーロット先生、40年間お疲れ様でした。やっと先生の働きが終わりましたね。」と言うと、シャーロットはこう答えたそうです。

「私は一生、イエス・キリストの兵士です。引退はありませんよ。引退は天国で・・・。」


  神様は、地の果てまで、福音が伝えられるように、私たちを必要としておられます。

 パウロは、東地中海地方の伝道の使命を果たすと、ローマへ、そして、イスパニアへとそのビジョンは広がっていきました。

 シャーロットが、90歳を迎えても「私は一生、イエス・キリストの兵士です。引退はありませんよ。引退は天国で・・・。」と言ったように、私たちも主の兵士です。「地の果て」まで、キリストの証人として用いていただきましょう。


(2)エルサレム教会への愛の贈り物 

25~26節

「25 しかし今は、聖なる者たちに仕えるためにエルサレムへ行きます。26 マケドニア州とアカイア州の人々が、エルサレムの聖なる者たちの中の貧しい人々を援助することに喜んで同意したからです。」

  ローマ行きの前に、パウロにはどうしてもやらなければならない一つのことがありました。それは、エルサレムに帰って、マケドニア州とアカイア州の人々から献げられた献金を届けることでした。

 当時、サドカイ派の人々が、祭司や神殿の権力を持っていました。それだけではなく、社会的な権力も持っていましたから、エルサレムでキリスト者になると、ほとんどの人が職を失い、極度の貧困におちいってしまいました。

 ですから、若い異邦人教会が、エルサレム教会に援助を差し伸べることは、大変必要とされていました。

 経済的に困っている、エルサレムの教会に、献金を献げることで、異邦人のキリストにある愛を伝えることができましたし、エルサレム教会と異邦人教会が一つになるために、この献金が用いられたのです。


 パウロが、なぜ、熱心にエルサレム教会に持って行こうとしたのか、2つの理由があります。


①霊的なものへの感謝の贈り物

27節

「彼らは喜んで同意しましたが、実はそうする義務もあるのです。異邦人はその人たちの霊的なものにあずかったのですから、肉のもので彼らを助ける義務があります。」

  27節で、パウロは、エルサレム教会に献金を献げるのは、異邦人教会の「義務」であると言っています。エルサレム教会から始まった伝道によって、異邦人は「霊的なものにあずかった」のです。ですから、今度は異邦人教会が、物質的に困っているエルサレム教会を助けるのは当然だと言っているのです。


②募金ほど、キリストの愛を表す、方法はなかった。

28~29節

「それで、わたしはこのことを済ませてから、つまり、募金の成果を確実に手渡した後、あなたがたのところを経てイスパニアに行きます。」

  パウロは、この募金を自分の手で、エルサレム教会に手渡すと言っています。弟子たちに持たせることもできたでしょうし、エルサレムに行く貿易商人に、それを預けることもできたでしょう。しかし、パウロは、それを自らの手で手渡した後、「あなたがたのところを経て、イスパニアに行きます。」と言っているのです。それが、どんなに大切なものであるのかが解ります。それは、単なる募金ではなく、愛の贈り物だからです。

 愛というのは、目には見えません。しかし、その愛は言葉や、行動、愛の贈り物によって、目に見える形で表されていくのです。


 私たちの教会も、多くの教会の方々の献げ物によって、支えられてきました。

 私たちが、山形に遣わされてきた時は、教会員は7名くらいで、経済的に独立することができませんでした。そのような時、仙台青葉荘教会や、東京の芝教会の稲垣徳子先生が、日本基督教団東北教区からの献金によって支えられて来ました。その愛の贈り物は、忘れることができません。「受けるよりは、与える方が幸いである」とありますが、今度は、私たちが他の困難な教会に愛の贈り物を献げさせていただきましょう。


 それが愛の贈り物であると言う証拠に、29節には

「29 そのときには、キリストの祝福をあふれるほど持って、あなたがたのところに行くことになると思っています。」と言っています。

 エルサレム教会に、募金を手渡しした後、あなたがたの所に行く時には、キリストの祝福をあふれるほど持って、あなたがたのところに行くことになるでしょう。

 それは、エルサレム教会からの心からの感謝の心、そして、神様が与えて下さるすべての愛と祝福をあふれるばかりに持って帰るというのです。


 私たちも、神様から、たくさんの祝福をいただきました。イエス・キリストの十字架によって、罪が赦され、心の中に主をお迎えし、永遠の命が約束されています。そのような霊的な祝福だけではなく、日々の生活の中で、あふれるほどの祝福をいただいています。ですから、私たちも喜んで、心からの献げ物を献げることによって、神様の愛を表しましょう。


(3)パウロの祈り

 パウロの、イスパニア行きの計画は、実現しませんでした。エルサレムで捕らえられ、4年間の獄中生活のうち、2年間はカイザリヤで、後の2年間はローマで過ごしました。

  その、パウロが、「わたしのために祈ってください。」とお願いしています。

30節 

「兄弟たち、わたしたちの主イエス・キリストによって、また、"霊"が与えてくださる愛によってお願いします。どうか、わたしのために、わたしと一緒に神に熱心に祈ってください、」

 パウロにも、不安がありました。31~32節を読むとそれが解ります。

「わたしがユダヤにいる不信の者たちから守られ、エルサレムに対するわたしの奉仕が聖なる者たちに歓迎されるように、32 こうして、神の御心によって喜びのうちにそちらへ行き、あなたがたのもとで憩うことができるように。」

  パウロが、エルサレムに行くということは、自分で猛獣の穴の中に入っていくようなもので、自分を憎んでいる人たちのところに行くことは、よく知っていました。

 そこで、パウロは、ローマの信徒たちに、「どうか、わたしのために、わたしと一緒に神に熱心に祈ってください、」と祈りの要請をしたのです。

愛する兄弟姉妹とどんなに離れていても、彼らがどんなに危険の中にいたとしても、私たちは、神様の恵みの中で、一緒に憩うことができるのです。


 これは、ちょうど、ゲッセマネの祈りに似ています。イエス様も、あのゲッセマネの祈りの時、愛する、ペトロ、ヨハネ、ヤコブを連れてゲッセマネに行きました。そして

「誘惑に陥らないように祈りなさい」(ルカ22:40)とおっしゃいました。あの、イエス様でさえ、祈りの援護射撃が必要だったのです。

  そこで、「父よ、御心なら、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行ってください。」(ルカ22:42)と、汗が血の滴りのように落ちる格闘の祈りをされたのです。

 この祈りによって、イエス様は、十字架の道を歩むことができたのです。

 結局、ゲッセマネの祈りでは、弟子たちは眠ってしまいましたが、祈りこそが、全能の神様の御手を動かす力です。

 パウロが、ローマの信徒に「どうか、わたしのために、わたしと一緒に神に熱心に祈ってください、」

と祈りを要請したように、わたしのために祈って下さいとお互いに祈り会って、神様の御業を見せていただきましょう。


  ジャマイカで宣教師として働いているマイクとバムという夫婦の証です。二人には3歳の息子がいます。

 ある日、その子に熱が出て、高熱が何日も続き、瀕死の状態になりました。医者も原因がわからず、お手上げでした。

 マイクとバムは、息子の癒しのために何時間も祈りましたが、全く回復の兆しが見えてきません。その祈りの中で「あなた方以外にもとりなし手が必要だ。心を合わせて祈るなら、必ずこの壁を打ち破ることができる。」と示されたのです。そこで早速本国に電話をして、とりなしの祈りを要請しました。ちょうと、その時その友人は自宅で祈り会を開いて祈っていたところでした。

「息子がしにそうなんです。医者は明日まで持つかどうか分からないと言っています。どうか、祈ってください。あなたたちの祈りの援護射撃が必要なんです。」と聞いた、友人たちは、その場でとりなしの祈りをはじめました。神様の癒しの御手がのぞむように、その日は長い祈りがささげられました。

 すると、マイクが電話を置くとすぐに、子どもの熱が下がりはじめました。そして、数時間後に平熱になり、完全に回復したのです。


  私も同じような経験をしたことがあります。息子が、肺炎で入院をした時のことです。県立中央病院で、やはり高熱が続き、いろいろな抗生物質が治療のために用いられましたが、熱は下がりませんでした。そこで、祈祷会の日に、みんなに祈ってもらいました。すると、その日お医者さんが用いた副腎皮質ホルモンが効いて熱が下がったのです。

 そして、息子は、この時の経験を通して、「命を与えてくださったのは、神様だから、僕も僕の命を神様にささげます。」と神様への献身へと導かれたのです。

 その時に、癒やして下さった神様と、心を合わせて祈ってくださった兄弟姉妹に心から感謝しています。

「どうか、わたしのために、わたしと一緒に神に熱心に祈ってください、」  と互いに祈り会い、神様の素晴らしい御業を見せていただきましょう。


最後は、ローマの信徒に対する祝祷で終わっています。

33節

「平和の源である神があなたがた一同と共におられるように、アーメン。」

 神様は、平和の源です。その神様が共におられるならば、パウロのように獄中に捕らえられても、どこに連れて行かれたとしても、そこには、変わらない平安があります。神様が共におられることほど素晴らしい場所はありません。

 

 これから、一週間の歩みへ遣わされて行きますが、この祈りと共に遣わされて行きましょう。

33節

「平和の源である神があなたがた一同と共におられるように、アーメン。」


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毎週水曜日10:30〜

 

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毎週水曜日19:30〜

 

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Illustration by c-awase