4/19 主日礼拝

「パピルスの籠の中で」出エジプト1:22~2:1~10

 エジプトは、沙漠が広がり、その真ん中に、ナイル川が流れています。ナイル川は世界一長い川で、その長さは、6,650kmに及びます。特に、下流はデルタ地帯が広がっています。

 ちなみに、世界2番目の川は、アマゾン川で、6,400km、3番目は中国の揚子江で、6,300kmです。

 それでは、日本一の川は何でしょうか。信濃川です。全長367kmです。

 ナイル川は、6,650kmですから、どんなに長い川かがよく分かります。

 そのようなナイル川の恩恵で、多くの人々がエジプトに移り住み、エジプト文明が栄え、繁栄してきました。その象徴ともなっているのが、あのピラミッドやスフィンクスで、あれを見ると昔からエジプトがどんなに繁栄してきたかがよく分かります。


 ヨセフの時代に、カナンの地に飢饉が起こり、イスラエルの家族が、エジプトに移り住むようになります。神様は、そのイスラエルの民を祝福してくださり、イスラエルの民は、増え広がりました。

 ところが、そのヨセフの時代が終わり、新しい王が王位に就くと、イスラエルの民を恐れて、彼らを迫害するようになります。しかし、強制労働を厳しくすればするほど、彼らは多くなり、甚だ強くなりました。

 そこで、ファラオが王になった時、生まれてきた男の子を、ナイル川に投げ込むように命じたのです。

 しかし、そのような、苦難の中でも、神様は共におられ、イスラエルを守り、救いの準備を進めておられたのです。

今日の中心の御言葉は2:3です。

「しかし、もはや隠しきれなくなったので、パピルスの籠を用意し、アスファルトとピッチで防水し、その中に男の子を入れ、ナイル河畔の葦の茂みの間に置いた。」

 今日の聖書の箇所は、モーセの誕生の箇所です。ファラオがイスラエルを滅ぼそうとすると、神様は、イスラエルの民を救うために、モーセを備えられたのです。

 イスラエルの民が、深い暗闇の中で、先の見えない困難な中を歩んでいましたが、神様は民を愛され、民の解放を導くモーセを誕生させるのです。

 今日は、モーセの誕生の聖書の箇所から3つの事をお話ししたいと思います。


(1)神様の選び

  当時、エジプトの王ファラオは、イスラエルの民があまりにも多くなり、甚だ強くなったのを恐れて、イスラエルの民を滅ぼそうと考えたのです。

 そこで、1:22で、「生まれた男の子は、一人残らずナイル川にほうり込め。女の子は皆、生かしておけ。」  という恐ろしい命令を出すのです。

 その頃、レビの家の出身の男が、同じレビ人の娘をめとりました。彼女は身ごもって、男の子を産みました。

 ファラオの命令によると、その男の子は、ナイル川に放り込まなければなりませんでした。そして、その命令に背くと、自分たち家族の命も奪われてしまうに違いありませんでした。ところが、2節には、「その子がかわいかったのを見て、三か月の間隠しておいた。」

と書かれています。どの親にとっても、自分の子どもは可愛いものです。そして、自分の命を引き替えにしても生かしてやりたいと思うのが、親子心です。そこで、この両親は、この子を三ヶ月の間、自分の家に隠しておいたのです。

 それは、偶然ではなく、神様の御計画によるものでした。

 使徒言行録7:19~21をご覧ください。

「この王は、わたしたちの同胞を欺き、先祖を虐待して乳飲み子を捨てさせ、生かしておかないようにしました。このときに、モーセが生まれたのです。神の目に適った美しい子で、三か月の間、父の家で育てられ、その後、捨てられたのをファラオの王女が拾い上げ、自分の子として育てたのです。そして、モーセはエジプト人のあらゆる教育を受け、すばらしい話や行いをする者になりました。」

  ここに、この子のことが「神の目に適った美しい子で、」と書かれています。ただ、かわいかっただけではなく、「神の目に適った美しい子」だったのです。

 神様の選びと御業に、偶然はありません。すべては、神様の御手の中で、御計画されていたことだったのです。この子は、生まれた時から、イスラエルの救いのために選ばれていたのです。

 神様がこの子を「神の目に適った美しい子」として選ばれたように、私たちを「神の目に適った美しい子」として選んで下さったのです。

 日本のクリスチャン人口は、1%だと言われています。100人に1人の1人のクリスチャンということになりますが、どうして、私たちが選ばれたのでしょう。それは、モーセがイスラエルの救いのために用いられたように、日本のまだ、救われていない99%の人々の救いのためです。ですから、私たちが救われたのは、偶然ではありません。

神様が、私たちを選んで下さったのです。だから、ここにおられるみなさんは、「神の目に適った美しい子」なのです。

 その恵みを覚えて、神様の救いの御計画のために用いていただきましょう。


(2)神様の守り

 この子の両親は、何とか自分の息子を守ろうと、三ヶ月間、自分の家の中に隠しましたが、だんだん泣き声も大きくなっていきます。どうしても隠しきれなくなった時、神様が一つの知恵を与えて下さいました。それは、パピルスの籠に入れて、ナイル川に流すことでした。

そのことが3節に書かれています。

「しかし、もはや隠しきれなくなったので、パピルスの籠を用意し、アスファルトとピッチで防水し、その中に男の子を入れ、ナイル河畔の葦の茂みの間に置いた。」

  パピルスというのは、葦の葉を、組み合わせて柔らかくしたもので、当時は紙の代わりに使われていました。ですから、本当に弱くもろい物だったのです。しかし、それにアスファルトとピッチで防水して、ナイル川に流したのです。この時、弱くもろいパピルスの籠が、アスファルトとピッチで覆われて、水が漏れないように守られましたが、何よりも、モーセは神様の御手の中で守られたのです。

 そして、この籠は、神様がモーセのために用意した、舟でした。この舟には、舵もエンジンもありません。その籠の舟が、前に行くのか、後ろに行くのか、どこに行くのか誰にも解りませんでした。ただ、神様が共におられ、葦の籠の船長となられたのです。

 この子は、このパピルスで造られた籠の舟によって守られました、

 これは、あのノアの箱船を思い出させます。神様は、神様に従うノアの家族と、一つがいずつの動物を、箱舟で守られました。40日間40夜雨が降り続け、150日間箱舟は、海の中を漂い続けました。あの、箱船にも舵もなく、エンジンもありませんでしたが、神様が守り導いてくださって、無事にアララテ山に着くことが出来たのです。

  神様は、私たちがどのような嵐の中でも、私たちを守り、導いてくださるお方です。

  大きな嵐にまともに出会った貨物船が、激しい波によって船体が壊れました。嵐が去った後も、船の中に海水が入り、船が沈没しそうでした。船長は、船を捨てる決断をして、全員を救助用のボートに乗るように命じました。

 ボートは離れて、全員が無事助かりました。ところが、その時に、1人の船員が、海の飛び込み、沈みかけている船の向かって泳ぎ始めたのです。

 あっけにとられて見ている人達の前で、彼は、沈んでいく船の中に入っていきました。すると、彼は、操縦室に入っていき、大事に何かをかかえて、海に飛び込んで帰って来たのです。

「船長これさえあれば、安心です。こんな救助用のボートでも、みんなが力を合わせればきっと助かります。」

 こう言って、彼が差し出したのは、羅針盤でした。はてしなく広い海で、彼らの進路を決めるために、羅針盤はなくてはならないものだったのです。

 私たちの人生にとって、必要な羅針盤は、聖書です。この聖書さえあれば、どんな人生でも、神様が導いてくださるのです。

  私たちは、新年度を迎えましたが、もう一度、聖書の御言葉を読む時間を大切にしましょう。そして、一度きりしかない人生を聖書の御言葉という羅針盤に導かれて、祝福された人生を歩ませていただきましょう。

 神様は、どのような嵐の中でも、また、どのような試練や迫害の何でも共にいて、守ってくださるお方です。

 この子を乗せた籠は、ナイル川を流れていきました。心配していた姉のミデアンは、その籠の後を追っていきました。

 すると、ちょうどその時に、ファラオの王女が、水浴びをしようと、川に降りてきたのです。

 それは、神様の御計画でした。もし、数分でも王女が降りてくるのが遅れていたら、モーセの入っている籠は、先に流れていってしまっていたでしょうし、逆に王女が少しでも降りてくるのが早かったとしたら、水浴びが終わった後、この籠は流れていったことでしょう。

 すべての時は、神様の御手の中にあります。ちょうど、この子の寝ている籠が流れていくその時に、王女たちは、ナイル川に降りてきたのです。

 そして、その籠の中を見てみると、男の子が泣いていたのです。王女は、この赤ちゃんを見て、かわいそうに思い、「これは、きっとヘブライ人の子です。」と言いました。

 その時です。すっと後を付いてきた姉が、こういう提案をするのです。

7節

「そのとき、その子の姉がファラオの王女に申し出た。「この子に乳を飲ませるヘブライ人の乳母を呼んで参りましょうか。」

  それを聞いた王女は、 「そうしておくれ」と頼んだので、妹は母を連れてきました。その母に対して王女はこう言うのです。

8節

「この子を連れて行って、わたしに代わって乳を飲ませておやり。手当てはわたしが出しますから」

  何という神様の御計画でしょうか。この子は、命を守られただけではなく、ファラオの王女に助けられ、その子どもを乳を飲ませる母として、大きくなるまで実の母に育てられたのです。しかも、「手当はわたしが出しますから」と子育ての十分な手当までもらって育てられたのです。

 王女は、この子の名前を、「水の中からわたしが引き上げた(マーシャー)のですから。」と言って、モーセと名付けます。


(3)幼い時に与えられたモーセの信仰

  モーセは、生まれてから、大きくなるまで、おそらく、子育てが必要な年齢まで、へプライ人の実の母親に育てられました。モーセは、この幼い時に、聖書の話しを聞き、一番大切な神様を信じ従うことを教育されたのです。この時に、モーセの人生の土台、信仰の意思杖が培われたのです。

 「三つ子の魂百までも」と言われますが、幼子の教育は本当に大切です。

 来週、教会総会が行われますが、この一年間で特に感謝していることは、渡辺和良くんが15歳で、及川 輝くんは、6歳でバプテスマを受けたことです。

 そして、2人とも、今救われた喜びに満たされて、賛美や礼拝を心から献げています。

 私たちの教会に、そのような子どもたちがたくさん与えられてきたことを感謝しています。

 また、岡  恵美神学生が、ウェスレアン・ホーリネス神学院の2年生として学びと訓練を受けていますが、神学生は、派遣教会で、良く救いの証しをする機会が与えられます。その時に必ず話すのが、「私は3歳の時に、ビリーグラハム国際大会の衛星中継が東原教会で行われた時に、イエス様を信じる決心をしました。」という証しです。娘は、神様の恵みによって、3歳の時に救われて、神学生になった今でも、あの時に、私はイエス様を信じましたと確信を持って証しをしています。

  そして、年輩になって信仰を持たれた方の中にも、良く話しを聞いてみると、幼い時に、讃美歌を歌ったり、イエス様の話を聞いたことがあるということを、多くの人達から聞きました。幼い時に、福音に触れると言うことは、本当に大切なことです。

  モーセは、赤ちゃんの時から、母親の子育ての時に、揺るがない信仰が与えられたのです。ですから、子どもたちの信仰を大切にしてください。

 今、教会総会の準備をしていますが、心を痛めていることが一つあります。ぜひ、お祈りして下さい。

 それは、ホサナの人数が、去年に比べて、半減していることです。13年度のホサナの平均は8,4名でしたが、14年度のホサナの平均人数は、4,1名です。ホサナのお友だちが、半分以下に減ってしまったのです。

 山形南部教会には、次々に赤ちゃんが与えられて感謝しています。それも、たくましい男の子が与えられて感謝です。それは、家族にとっても教会にとっても大きな祝福ですが、そのクリスチャンホームの子どもたちが、信仰を持たずに成長していったらどうでしょうか?それこそ、神様の御心を悲しませてしまう、大変なことになってしまいます。

 モーセが幼い時に、実の母親によって、しっかりとした信仰を伝えられて、神様に用いられていったように、私たちに委ねられた子どもたちに、何よりも大切な信仰をお伝えしましょう。

 国際的なホテル・チェーンであるヒルトン・ホテルの創設者は、コンラッド・ニコルソン・ヒルトンは、敬虔なクリスチャンです。

 今こそ、このヒルトンは、ホテル王と呼ばれるくらい、有名な人になりましたが、そこに至るまでには、多くの苦難と試練の連続でした。

 その彼が、すべての苦難と試練を乗り越えて、成功を納める事が出来たのは、幼い頃から、母から聞かされた言葉があったからこそでした。

 彼の母は、幼いヒルトンにこう言いました。「この先、あなたに何が起きても失望してはいけません。ただ神様に祈りなさい。神様があなたに勇気と力を与えて下さるのです。」

 幼いヒルトンには、まだお母さんが言っていることの意味を深く理解することは解りませんでした。しかし、確かに彼の心の中にお母さんの言葉が残っていたのです。

 後に、ヒルトンがホテル王として成功を収めるようになった時、彼は次のように告白しました。

「私が子どもの頃は、母から言われた言葉を右から左に聞き流していました。しかし、ホテルの経営に失敗し、破産の苦しみの中で落胆していた時、その昔、母から聞いた言葉を思い出しました。そして、その言葉に捕らえられた私は、神様の御前に進み出ていきました。そこで私は、神様の力と慰めを経験し、それからは神様の力に頼って、以前よりももっと自身をもって働くようになったのです。」

 イエス様は「その子を、わたしのところに連れてきなさい。」とおっしゃいました。特に、お子さんをお持ちのご両親にお願いをします。小さな子どもは、親の助けなしには、ホサナに来ることは出来ません。赤ちゃんの時から、賛美を聞き、イエス様のお話を聞くことは、何よりも大切な教育です。

 新しい年度を迎えました。どうか、ホサナに子どもたちを送ってください。そして、モーセが神様に用いられたように、今いる子どもたちが、誰1人として漏れることなく、神様の祝福に与っていただきたいと思います。

最後に2:3を読みましょう。

「しかし、もはや隠しきれなくなったので、パピルスの籠を用意し、アスファルトとピッチで防水し、その中に男の子を入れ、ナイル河畔の葦の茂みの間に置いた。」

  今日の説教題は、「パピルスの籠の中で」でした。パピルスの籠の中で、神様は確かな御手をもって守ってくださいました。

 そして、そのパピルスの籠の中というのは、モーセの母の手の中です。モーセは、一番安全な実の母親の腕の中で、守られ、実の母親によって、信仰が養われたのです。

 そのように、今ここにいる子どもたちが、誰1人神様の祝福から漏れることがないように、子どもたちを神様の御手の中で育てていただきましょう。


WE LOVE YAMAGATA
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Illustration by c-awase